第4話 揺れる心、静寂の中で

 翌日、藤原直人は、前日の優奈との会話を反芻しながら学校へ向かっていた。優奈が抱える孤独や過去の思いに触れたことで、彼女に対する感情が大きく揺さぶられた。しかし、その一方で、詩織との静かな時間も彼の心の中で大きな存在感を持ち続けていた。


 その日は学校で特別な出来事もなく、平穏な一日が過ぎていった。放課後、直人は再び神社へ向かうことにした。心の中で、詩織ともう一度話がしたいという気持ちが湧き上がっていたのだ。


 神社に到着すると、境内はいつものように静かで、訪れる人もほとんどいなかった。直人は境内を歩きながら、詩織を探した。すると、社の前で掃き掃除をしている彼女の姿が見えた。直人は少し緊張しながらも、彼女に近づいた。


「こんにちは、詩織さん。」


 詩織は振り返り、直人を見て穏やかに微笑んだ。


「こんにちは、藤原さん。今日も来てくれたんですね。」


「うん、なんとなくここに来たくなって。」


 詩織は掃除を終え、ほうきを置いて直人の方に歩み寄った。


「ここに来ると、なんだか落ち着くよね。詩織さんは、毎日ここで過ごしてるの?」


「はい。この神社は私にとって大切な場所ですから。日々のお手入れをしていると、心が安らぐんです。」


 詩織はそう言いながら、静かに境内を見渡した。その表情には、直人にはない深い感情が込められているように見えた。


「詩織さんは、神社を大切にしているんだね。」


「ええ。この神社は、私の家族が代々守ってきた場所です。私もその役目を受け継いで、神社を守っていきたいと思っています。」


「そうなんだ…なんだかすごいね。僕にはそんな、何かを守るって感覚、あまり分からないかも。」


 直人は少し照れながらそう言ったが、詩織は微笑んで首を振った。


「そんなことはありません。藤原さんにも、大切なものがきっとありますよ。それは、いつか自然に気づくものです。」


 詩織の言葉に、直人は少し考え込んだ。彼にとって大切なものとは何なのか。これまで、彼は平凡な日常に満足していたが、詩織や優奈と出会ったことで、自分の中で何かが変わり始めていることを感じていた。


「…ありがとう、詩織さん。なんだか少し、気が楽になった気がする。」


「お役に立てて良かったです。」


 詩織の静かな微笑みが、直人の心を癒してくれるようだった。二人はしばらくの間、神社の静寂の中で言葉を交わしながら、ゆっくりと時間を過ごした。


 しかし、その静けさの中で、直人の心は揺れ動いていた。優奈に対する強い共感と、詩織に対する安心感。その二つの感情が彼の中で交錯し、次第に複雑なものへと変わっていく。


---


 その日、直人は神社を後にして家路についたが、頭の中は詩織の言葉でいっぱいだった。彼女が言った「大切なもの」とは何なのか。自分にとって、何が本当に大切なのかを見つけるために、直人はこれからどうすればいいのかを考え続けた。


 家に着いた直人は、自室に戻り、机の上でぼんやりと考え込んでいた。彼の中で、少しずつだが確実に、詩織と優奈、二人の存在が大きくなっていくのを感じていた。


 これから直人が選ぶ道は、彼自身の未来を大きく変えていくことになるだろう。しかし、その選択が何なのか、彼にはまだ見えていなかった。

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