超次元⭐︎ストーキング

文色ひふか

第1話

 ピピピピピピピピピピピ……


 うるさいな、タイマーが鳴る。


「準備は万端だよ……そろそろタイマーつけなくてもやってけそうかな」


 俺の名前は風間カケル。ごく普通の高二だ。本当に、ごくごく普通の人間だ。


「でも、この前そういってタイマー外したらその翌日に遅れたからなぁ……まぁいいや。望遠レンズ望遠レンズ……」


 でも周りの人からしたらなかなか普通の人間とは思えないらしい……不思議だ。少し変わった習慣を持ってるからだろうか?


「よし……そろそろ観測開始だ……。これまでの傾向だとこの時間帯に現れるのは32%……」


 そう言い大きく窓から乗り出す。強い朝の光が瞼を刺すが、俺は構わずに観測を始める。

 俺の朝は早い。なぜなら観測対象は「朝と夕方に現れる」上に、「毎日違う時間に現れる」からだ。


「…………!いた!当たりだ……」


 通勤ラッシュより少し前……今日はこの時間帯だった。望遠レンズを構えてから三十秒ほどですぐに現れたから、今日は運の良い一日なのかもしれない。

 だが、ここで手は緩めない。俺はすぐに次の準備に移る。学校の準備を詰め込んだリュックを背負い、トランクに入り、予め準備していた「乗り物」に跨る。


「母さん!行ってきます!」

「あら、カケル。もう行くの?いってらっしゃい」


 朝ご飯や歯磨きは勿論既に済ませている。観測後すぐに出発しなければ……そして俺はエンジンをかける。


「今日こそやりきってやる。頼むぞ……空転車(フライト・バイク)!!"ファーストギア"!!」


 俺は気合いを入れ、ペダルをこぐ。するとたちまち、空転車は空を猛スピードで走る。そして……


「おはよう……今日こそは追いついてみせるよ。"トップギア"!!」

「ははは!今日も来た……。めっちゃキモイねぇ。カケル!」


 俺と観測対象が空中で対面した。俺の目の前にいるのは、同じく空転者に跨るウルフカットの女子。

 名前は速水チサト。俺の好きな人だ。

 つまるところ、俺の持っている変わった習慣というのは……チサトのストーキングだ。空飛ぶ自転車、空転車を使って。


「じゃあ悪いけど、バイバイ!」


 チサトは俺の姿を見るなりすぐに急発進。まだ涼しい早朝の空を駆けた。


「逃すわけ!」


 俺もすぐに彼女を追う。最大ギアのペダルはかなり重いが……それでも追いつく。その一心で懸命にペダルをこぐのだが……


「アハハハッッ!!すっごーい!前より速いんじゃない!?」


 チサトはペダルを軽々と回し、俺を突き放す。此方も置いてけぼりじゃない。ペダルが軋むほど足を回すと、まだ加速できる。高度が上がり、鳥を追い抜き、真っ青な空に浮かび上がっていた。俺はピッタリ彼女の後ろについていた。

 そして彼女は俺を振り落とすために蛇行運転を始めた。

 急上昇しては降下し、一瞬でブレーキを踏んでは宙返りで俺を躱す。林立するビル街を飛び抜けたと思えば、次は橋桁の下をくぐる。受けている逆風でリュックからプリントが何枚か吹き飛んだ気がしたが、俺はそんなの意に介さずに飛んだ。

 無茶なハンドルの連続……だがそれでも俺の執念でハンドルは離さない!


「ハハ!!カケル、大丈夫ッ!?ハンドル握る手が泣いてるんじゃない!?」

「舐めんじゃねえよ……余裕すぎるわ。強風が気持ちいいなぁ!」


 軽口を叩くが……もう脇腹がキリキリと痛み始めていた。体幹も限界が近く、身体が車体から若干浮いてくる。

 対してチサトは、超高速で無茶な走りをしながらもフーセンガムを膨らませていた。


「それじゃ、今度こそバイバイ!!ついてこないでね〜」


 ここでチサトは直角ドリフト。俺はそれについていこうとハンドルを回して、そこで力尽き身体が空に投げ出された。

 空転車ドライバーに義務付けられている安全用パラシュートが開かれる……俺は知らない住宅街の空き地に不時着した。

 もうチサトは遥か遠く。豆粒サイズになったチサトがこちらに向かって言う。


「また学校で!」


 そしてチサトは悠々と学校へ向かって走り出し、ついに見えなくなってしまった。

 次のチャンスは下校時……夕方か。いや、今日は部活の日だから、部活終わりすぐか……。

 俺はため息をつく。チサトはスピード狂であり、空転車の大天才。次の機会があったって、地力では追いつけっこないからだ。

 なにか、俺がチサトに追いつけるようなハプニングが起こってくれないか。そう願い毎日チサトを追いかけ続ける日々。


 俺は墜落した空転車を探しに、立ち上がって河原に行った。

 投げ出された方向的に……案の定あり、俺はそれに乗って学校へ飛んでいく。ストーカー行為は登校も兼ねているのだ。



 キーンコーン、カーンコーン……

 

「あーあ……。本当速いんだよな……」


 朝の予礼が鳴る。トボトボと朝の用意を進めていると……


「ふふふ。今日もチサトには追いつかなかった……と見えるね。ストーカー初めてどれくらい経ったんだ?」

「サトル……そろそろ九ヶ月かな」

「やっば……それで登校時間とかクラブの日程とか全部把握してるわけ?キッショいねぇ。友達ながら近付かないでほしいよ……」


 足を組んでこちらを細い目でみる背の小さい男。広田サトル。こんな言い方だが、俺のストーカー行為を知っていてなお友達でいてくれている、俺にとって一番の友達だ。


「そんな言い方やめてくれよ……。まずまず、クラブに関しては同じだから知ってるだけで……登校時間に関しても、把握とかじゃない。いつもやっていたら勘が冴えてくるんだよ……」

「へぇー……でもこの前『チサトの登校時間のタイムテーブル作った!!』とか言って送ってきてたじゃん?あれは……」

「いやあれはなんだ……深夜テンション?」

「呆れたね……」


 もう言い訳はできないだろう……俺の口は無意識にへの字になる。そんな俺を見てサトルは大笑いだった。ちくしょう……こっちも事情があるってのに……


「ね〜、カケル!一時間目ってなんだっけ?」

「ん、近代歴史」

「あーね!そういやテストだっけ?今日」

「あぁ……確か、スマホ革命辺りの時代のテスト。準備プリントは提出」

「ん!わざわざありがと」


 そう言いチサトは電光石火のスピードでロッカーへダッシュしていく。そう彼女は足まで速いのだ……


「……って、え?あれチサト?なんか案外普通に話してんだね」

「え?クラスメートだし、普通に喋らない?友達ではあるし」

「ストーキングは?」

「ずっと前に学校でもやったんだけど、流石に迷惑だからやめてって言われてさ。それからは登校と下校に絞ってる」

「その律儀さがあってなんでストーキング?……ってか、そのストーカー事件聞いたことないぞ。知りたかったなぁ……」


 サトルは不愉快そうに頬杖をつく。

 サトルはこの学校一番の情報通であり、彼自身も噂話大好き。見た目はチビだが、脳みそは誰よりも巨大だと言われている。


 キーンコーン、カーンコーン……


 先生が号令をして一時間目が始まる……。そして予定通りにテストは始まったのだが……


「(集中できない)」


 俺の目は問題用紙じゃない。チサトの容姿に釘付けだった。俺の席はチサトの二つ後ろ……ここから見えるのは、朝と夕方と毎日追いかけている背中だ。絶対追いつけない、背中。

 追いつきたい……追いついてやる……絶対に……追いつく……!!


 ッガタン!


っまずい。


「ん?どこからか机の音がしたぞー?カンニングかー?集中して解けよー」


 ……気持ちがはやりすぎてついつい走り出しそうになった。落ち着かないと……。

 だけどここからじゃ……顔がよく見えないなぁ。背中を追いかけてばかりで、まっすぐに顔を見れることがなくなった。寂しいなぁ……。

なんでこんなセンチメンタルに……おかしいな。テスト中なのに……


「はいーテスト終了ー。前から集めて」

「……え。まって俺どこまで解いてたっけ……」


 俺は敢えて解答用紙を見ずに前に回した。いや、きっと全部解いてて、その記憶がないだけなんだ。だってそうじゃないとあんなに余裕こいて恋人の顔を眺めるわけないだろう?


「……見覚えがないなぁ……この問題……解いたのかなぁ……はははははは……」


 俺は机に突っ伏す。狸寝入りを決め込んでやるんだ。しかし先生は容赦なく続けた。


「はい、それでは準備プリントも課題だったからねー。集めるよぉー」


 でも、これならばやってきているじゃないか!?俺は真面目だから、一日前には課題を終わらせておくタイプなのだ。昨日夜、リュックにプリントを入れたのを確かに覚えている。


「……?おいカケル?プリントはないのか?」

「ん?んー……ん?あれ?いやちゃんと入れてたのにな…………え?」

「……一旦飛ばして回すぞー」


 ない……ない!?脳も手もガタガタと震え、冷や汗の滂沱。まさか……朝のストーキングでプリントが吹き飛んだ?


「……ストーカーの天罰だね?カケル」

「サトル?それを授業中には言わないでおくれ?」


 サトルが斜め後ろから茶々を入れてくる……朝チサトがすぐ現れたときには運が良いんじゃないかと思ったのに、今日は色々上手くいかない日なのか。



 陽が沈んでいく…………俺は窓を見ていた。

 珍しいことをしているが、思い返していたのだ。俺がチサトをストーキングするきっかけになった日のことを。


 その日は、いつもよりも赤い夕日の空だったことを覚えている。部活の後に、駐輪場にチサトを誘って


「……チ……!チサトさん!あの……俺はずっと、いつもかっこいい__ングッ!?」

「告白かな?ほうほう……珍しくクラブ後一緒に帰って、とか言ってきたのはそういう……」


 俺はチサトに思い切って告白した。

 俺とチサトは、同じ空転車部に所属している。そしてチサトは昔から部内トップの速さで、一年でありながらレギュラー常連だった。

 誰よりも風を切って、楽しそうで、いつもみんなの前を走っている。そんなチサトが、俺にとっては憧れで、かっこよくて、大好きになったのだ。


 しかし……この頃の俺は彼女のスピード狂具合を完全に見誤っていたのだ……。


 俺からの告白と分かるや否や、それをさっさと手で口を塞いで止めてきた。そして、その態勢のまますぐに彼女は続ける。


「カケル……嫌いじゃないのよ?嫌いじゃない……OKしてもいいんだけどね。ただ、これをOKすると、私の初恋ってことになるのよね。……初めての恋人に君を選んで、後悔したくないんだなぁ」


 告白失敗か……?でも嫌いじゃないと言ってくれた。もしかしたらまだチャンスは……と思っていたのだが、次にチサトがしてきた要求は、全くの予想外のことだった。


「だから、君にとって私が魅力的であるように、私にとっても君が魅力的な人であって欲しいんだなあ……そしたら恋も続きそうだしね」


 ここまで一息で言って、やっと口を塞いでいる手を退ける。


「み……魅力的な人?チサトさんにとっての魅力って何……?っていうか告白の答えは?」

「私にとっての魅力かぁ……うーん。私の彼氏になる人は、やっぱりずっと一緒でも退屈しないひとが良いかなぁ。……私のスピードについてこれる人。一人置いてけぼりじゃつまらない」


「そうだ……ならこんなのはどう?」っと、まっすぐに目を合わせて、チサトは言った。真ん前に見える彼女の目に、真っ赤な夕日が映っていた。


「私に追いついてみなよ。そしたら……OK!」

「……追いつく?それは……」

「勿論、空転車でね。……できないかい?」

「……いや、一択だ」


「俺は『チサトを愛してる』。絶対に追いつくから」……そう言うと、目に映っていた夕日を潰して、彼女は笑った。


「そうか!必死に追ってくれるんだろうね……楽しくなりそうだなぁ!最近は誰とも競り合えなくて退屈だったんだ!!」

「だが、追いつくってったって、どのタイミングで追いつけばいいんだ?部活中に追い抜かしたりか?」

「んーーそれでもいいし、『いつでもいいよ』。私と君がいけるタイミングなら。いつどんな時だって競争は楽しいからね……」


 なるほど。「いつでもいい」んだな。

 この言葉に甘え、彼女のコンディションが少しでも悪い時間帯を探し始めたことが俺のストーカー行為の始まりだった。

 そして長い間観測を続け今導き出せている答えが、朝起きたばかりで頭の立ち上がらない登校時と、学校での疲れが溜まり万全じゃない下校時だ。

 登校と下校の時間を合わせてもらうよりも、俺が合わせてあげた方がいいんじゃないかと思い彼女の登校時間と下校時間。そしてそれに関連する様々な彼女の要素を調べていくうちに……俺は本当に変態のストーカーのようになってしまったというわけだ。


「トントン。おーい、何してんの?地平線眺めちゃったりしてさ。好きな人でもいるわけ?」


 チサトが意地悪に肩を叩いてきた。一体誰のせいで……いや、発端は俺なのだが。きっかけはと言うと完全にチサトなのだ。

 俺は黙って首を振って、部活へ向かった。チサトは俺の後をついてきていた。



 「来月の土曜日、全国大会の地区予選がある」と部で言われたのは丁度その日の部活でだった。

 チサトはもちろんレギュラーで、一番に名前を呼ばれたときには、目をこれでもかと輝かせていた。そして、二人目……三人目……続々と名前が呼ばれていくのだが、俺の名前は出てこない。出場メンバーは四人。俺は、


「……大木!」


 レギュラーには選ばれなかった。……そもそもの走力が足りていなかったから……


「補欠は……風間!」

「はい!……」


 補欠での出場となった。大会には出られるかもしれないが……

 俺は悔しくて地面を見ていた。面白くもない、ただの地面だ。


「先生ーカケルは速いっすよ?十分レギュラーに」

「速水がそう言ってもな……。これはもう決まったことだ。それに、日々の稽古でそれぞれの実力を見て判断した。それに文句をつける気か?」


 いいえ、とチサトは首を振る。彼女がそんなことを言うなんて意外だった、けど嬉しかった。

 メンバーの発表が終わると、みんなさっさと帰って行った。続々と帰るみんなに続こうとするチサトを俺は引き留めた。


「なぁ、チサト!さっき先生に言ってたことって」

「んー?私は率直にものを言っただけだよ。言うだけならタダ、でしょ?それとも、目立ってなんかやだったとか?」

「いや……凄く嬉しかった。……けど、先生の言ってた通りで実力不足なのは事実。どうしてあんなことを言ったんだろ。って気になって」

「んー……だって、君。たくさん走ってるじゃん。朝も夕方も全力で走って……」


 チサトはここまで言って自分で吹き出した。彼女はどこか皮肉気だ。


「ま、形が何であろうと、誰よりも全力で走った距離が多いんじゃない?私の次にね。速度も初めと比べて凄く楽しくなったし……そろそろレギュラー良いと思ったんだけどね」


 俺はふーん、としか返せない。レギュラーで良い、と認められる。その嬉しさをうまく言い表すことができなかった。

 それにチサトがすぐフーセンガムを膨らませてしまったため、返答の機会を見失ってしまったからかもしれない。

 俺は一度前を向いてみた。夕日はさっきよりも沈んでいたが、かえって更に紅い。


「ま、でも補欠で一番。確か今まで一番ってなかったよね?最高記録じゃん。誰か不調になったりしたら一番に走れるわけだし……頑張ろ」

「……確かにだな。うん、頑張る!」


 俺は、また簡単な返事を返した。でも今度は、本心から出てきた。


「その意気。それじゃ、今日も『追いかけっこ』だね?」

「ああ……そうだな!」


 チサトが、あんな自分の行為を全力疾走だと認めてくれるなら。


「そうだよね……じゃ、早く行こ!」


 チサトはそう言って、俺の手を強く握った。


「え……手」


 俺の反応を他所目に、チサトは持ち前の俊足で駐輪場へ俺を引きずっていく。

 俺はしばらく茫然としていて、為されるがままだったが、気がついてすぐ反射的に手を払ってしまった。


「チサト!……引っ張られなくたって、自分で行けるって……」

「えー……でも君、遅いじゃぁん。私が引っ張ってあげた方が」

「でも!……というか、手を握るとかって……何も思わないわけ?」


「んー?」……チサトは口角を微かに上げ、意地悪そうな顔をして、こう返した。


「何で毎日付き纏われても、追いかけっこに付き合ってあげてると思う?ストーカーは、れっきとした犯罪だよ。君を警察に通報しちゃっても良かったんだ」

「つまり……どういう?」

「初め言ってたのとおんなじこと。君のこと……嫌いじゃない。それに、段々速くなる君と追いかけっこするのは楽しいしね」

「……じゃあ、つまりもうOK」

「それは、私達にはまだ早い……でしょう?NG、とも違うけど」


 チサトはそう言い、俺に背を向けた。でも顔だけ振り向いて、俺に呼びかける。


「それじゃ、自分の足で駐輪場に来なよー!君が遅かったら、私が先に出発してリードしちゃうんだからね!」


 そう言ってチサトはにっと微笑む。目を見てみると、あの時みたいに赤く陽が写っている。

「追いついてみなよ」……どこからか聞こえたような気がした。過去と今が重なって想起されてきたのか、それともチサトが口も動かさずに喋っていたのか……それでも確かにこの声が、聞こえた。

 チサトはやはり俊足で駐輪場へ向かう。夕日に照らされた彼女の姿に、聞こえないだろうけど叫んだ。


「……分かった!!追いつくから……待ってろよ!!」


 これまで感じたことのないほどの、心の炎が煌々と燃え始めていた。これまで、チサトをどこか遠いところにいるものだと思っていたけど……そうでもないと、思っても良いだろう。


 駐輪場へ向けて一歩、自分の足を踏み出そうとした、しかしそのときポンッと肩を叩かれたような気がしたのだ。

 誰かいるのか?と俺は徐に振り向く。するとそこには、にんまり顔を貼り付けたチビがいた。


「ッえ!?サトル!?」

「ごーきげんよう。そして、激写」


 そう言うとサトルはスマホを水平に構えながら俺の行く手を阻んでくる。そして


「……カケル。これは熱愛報道かな?」


 サトルはチサトが俺の手を取った時の画像をスマホで見せてきた。俺は必死に否定する。噂なんて流されたらたまったものじゃない。


「っな!?違う!チサトとはただの友達だ!付き合うとかは無いし……というか自由だろ!」

「うーむ……恋愛の自由があるなら、表現の自由……」

「埒が明かない!というか、なんでお前がここに居るんだよ!!」

「僕みたいなのが、クラブを真面目にやると思うかい?少しでも面白そうな匂いを嗅ぎつけたら、部室を抜け出しエンヤコーラよ」


 サトルは本当に楽しいといった風に、スマホを弄っている。その画面には俺とチサトが、様々な角度から撮られていた。ずっと気付かなかったなんて……!


「この写真をどうしようか……どこに拡散しようかな……それか仲間内で回すか……?」

「絶ッッッ対やるなよ!?絶対だからな!!」

「えー……でも主導権は僕にあるからなぁ……」

「……サトル。信用、してるからな」

「おっと……なんか変な言い方」


 その言葉に、サトルは面食らったみたいに首を傾げた。


「……ま、拡散とかしないけどね。君の事情も分かってるし。この写真は、君とチサトが付き合う時までちゃんとあっためておくから、信用しててね?」

「ちっがぁぁぁぁぁぁう!」

「あ、付き合わない?」

「そういうことじゃねぇ!!間違ってる!合ってるけど……」

「そうかい。そういえば、彼女は大丈夫なのかい?もうとっくに空転車取って、出発してるだろうけど」

「お前が割り込んできたんだろ!じゃ、行ってくるよ。追いつきに行く」

「そうか。頑張れというのも複雑だがね……もし君がチサトを捕まえる時が来たら、一大スキャンダルになるだろうねぇ。その時は僕にも教えてくれよ?」

「……どう受け取ったら良いんだよ?その言葉」

「ははっ!情報の受け取り方は、受け手の自由だろう!」


 サトルと分かれて、俺は空転車に跨る。チサトはもう遥か遠くだが、見えているのなら追いかける意味はある。

 ペダルをこぐときは一番初めが一番重いように、ずっと追いかけているから、もう少しだと思っているんだ。

 エンジン音が軽く感じる。俺は強く踏み込んで、朝とは真逆の、赤と橙の空に浮かび上がっていった。


 この後下校時にストーカーをしたが、チサトに追いつけなかったということはここに書く必要もないだろう。

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