第二〇話 メイキャップ大作戦

 放課後の教室、俺たちは服部を取り囲んでいた。

 服部美少女化計画である。

 化粧品については有紗に用意してもらった。

 意外にも有紗は化粧品集めを趣味にしているのだ。


「……ってか、マユ、こんなデパコス、試供品でしか使ったことないケド……」


 机の上に広げられた化粧品のラインナップに、姫宮が少し引いている。

 デパコスというのはいわゆる百貨店に売っているような化粧品のことで、当然ながら普通の高校生がおいそれと手を出せるようなものではない。

 有紗は優那の侍女として綾小路家から給金をもらっているので、それによってこういったものを購入できているというわけだ。


「どうぞ気にせずお使いください。個人的な趣味で集めてはいますが、あまり使う機会もありませんので」


 有紗が恭しく頭を下げる。

 実際、有紗が化粧をしているところを見るのは非常に稀だ。

 最近では、いつだったかの休日デートに誘われたときくらいだろう。


「うわー、緊張するー……ね、カスミって最近はどんなメイクするの?」

「え……アイラインして、ビューラーして、リップ塗って……くらいかな?」


 服部が戸惑うように答えている。

 アイラインやリップはさすがに分かるが、ビューラーってなんだ……?


「まつげをくりんってするやつだよ」


 深雪が自分の目を指さしながらシパシパさせる。

 まつげがくりんってなると、何か良いことがあるんだろうか。


「それだけで目がパッチリするんだよ! 分からない?」


 大きく目を見開きながら訴えてくるが、深雪はもともとパッチリした目をしているので何がどう変わるのかはいまいち判然としなかった。

 というか、そもそも今の状態がどっちなのかすら分からぬ……。


「わたくしも自分ではお化粧をしませんので、これを機会に覚えてみようかしら」


 姫宮が服部の顔にファンデーションを塗っているのを眺めながら、優那が呟く。

 優那自身が化粧をしないわけではなく、基本的にそういったことは有紗がほとんど面倒を見ているので、言葉どおり自分ではやったことがないという意味だろう。


「わたしもお嬢さまの顔に合う化粧の仕方しか知りませんので、勉強になります」


 有紗も同意している。


「えー? こんなの雑誌に載ってるやつのマネしてるだけだよー」


 照れくさそうに言いながらも、姫宮は少し嬉しそうだ。

 姫宮の手によってアイラインが引かれたりマスカラでまつげがボリュームアップされたりしているうちに、服部の顔はどんどんギャルっぽい感じに変貌していく。

 といっても、世間一般のイメージにあるようなゴテゴテとした厚塗りのギャルというよりは、少しマイルドな感じの清楚系ギャルといった印象だ。

 おいおい、わりとマジで可愛いじゃねえか……。

 というか、これは姫宮が自分でしている系統とも違うように見えるが、敢えて服部の持つイメージに合うように化粧をしているということだろうか。


「そうだよー。カスミにマユと同じ化粧しても浮いちゃうだけだもん。でも、ミスコンってことは審査員がいるわけでしょ? 審査員席との距離とか考えたら、ちゃんとメリハリのあるメイクにはしてあげないと目にとまらないんじゃないかなーと思って」


 なるほど、だから敢えてギャル路線は崩さずということか。

 確かに、遠目から見たときの印象を考えると、とくに目許や口許などはくっきりはっきりとなるように仕上げたほうが審査員へのインパクトも大きいかもしれない。


 ――と、そんな姫宮たちに触発されたのか、何故か有紗が深雪に化粧を施している。

 有紗の化粧はいわゆるドールメイクと呼ばれる系統で、もともと人形っぽい顔だちの有紗や優那には非常によく似合うのだが、果たして深雪にはどうかな……?


「わお! なんかすっごいアマアマな感じ!」


 鏡を見た深雪がパッと顔を輝かせた。

 うむ、もともと小柄で童顔な深雪にはドールメイクもよく似合っているようだ。

 というか、ギャル風ないでたちとロリータ風のメイクのアンバランスさが逆に深雪の持つ新たな可能性を引き出しているような気がする。めちゃんこKAWAII!


「まあ、セッちゃんは可愛いの基準がわりと低いからね……」


 褒めたはずなのに、深雪からは冷めた目で見られてしまった。何故だ。

 まあでも、冷めた目で見られるのもそれはそれで素敵です。そのまま罵ってほしい。


「ね、見て見て! カスミ、めっちゃカワいくない!?」


 ちょっと目を離しているうちに、服部のメイクアップが完了したようだ。

 なんだったら服装までちょっとギャル風にアレンジされている。

 眼鏡は外して瞳を大きくするカラコンをつけ、襟元を緩めて姫宮のニットベストを上から羽織り、スカートはくるくると巻き上げて短くしていた。

 まさに清楚系ギャルである。

 これはマズいですよ。こんなの見せられたら、心がピョンピョンしてしまう……。


「そ、そんなにじっと見ないでよ。恥ずかしいわ……」


 服部は照れくさそうに俯いている。くそっ、そこもまた可愛いぜ……。


「ほら、セッちゃん、誰にでもすぐ可愛いって言うんだから」


 しまった! はからずしも深雪の言うとおりになってしまった。

 まさか、深雪は預言者だった……?


「もう、深雪さんったら、相変わらず可愛らしいんだから……」


 何故か優那はヤキモチを焼く深雪の姿に心がときめくらしく、むくれる深雪をいつぞやのように抱きしめながら頬ずりをしている。

 この際だからもうみんなミスコンに出てしまってはどうかと思ったりもするが、さすがにそれは本末転倒がすぎるか。


「それならば、セイさまが一番エッチしたくなる女子コンテストはいかがでしょうか」


 何がそれならばなのかさっぱり分からんが、俺ですら得する未来の見えないそのコンテストにはたして存在意義はあるのか……?

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