第十九話 何度でも何度でも

「あら、セイジロウくん、お帰り」

「お帰りなさいませ、セイさま」


 家に帰ると、何故かナチュラルに穂村先生がリビングのソファに座ってくつろいでいた。

 玄関に見覚えのあるパンプスがあるとは思っていたが、また来ていたのか。

 しかし、姉の姿は見えないようだが……。


「サユさまは本日はアルバイトの日ですので、もう少し遅くなられると思います」


 有紗がミックスナッツの入った木製のボウルを座卓の上に置きながら告げる。

 フライパンで軽く炒ったのか、香ばしい匂いがする。

 座卓にはすでに空いたチューハイの缶がいくつか置かれており、どうやら穂村先生は俺が想定していたよりも遥かに本気でくつろいでいるらしい。

 しかも、有紗がつまみを用意しているところを見るに、しっかりともてなされている。


「穂村先生をおもてなしすることで、わたしの評定に好影響を与えると考えています」


 うわ、悪いこと言ってる。しかも、穂村先生の場合、本当に影響しそう。


「セイジロウくん、学校の外では夏樹って呼んでって言ったでしょ?」


 穂村先生がチューハイを呷りながら唇を尖らせている。

 なんかそういうのって一線超えてる感が強くて抵抗あるんですが……。


「今さら? 最後のほうはあんなにノリノリだったのに?」

「セイさまは、けっきょく途中からはしっかりアクセルを踏むタイプですからね」


 おい、やめろ。分かった、分かりました。

 夏樹先生――という感じでいかがでしょうか。


「んー……まあいいわ。ここは先生がオトナになってあげましょう」


 しっかり先生風を吹かせておいて何を言ってんだ、この人は……。

 というか、先生はいったいなんでここにいるんですか。


「あら、社会人が仕事終わりに彼氏の家に遊びに来るなんて普通でしょ?」


 なんか勝手に彼氏にされておる。


「さしずめ第三彼女といったところですね」


 マジでそうやって番号割り当てていくのやめてくれる?

 倫理観の歪みをまざまざと感じさせられるから。


「あら、神楽坂さんは彼女じゃないの?」

「わたしはご奉仕枠ですので」

「ああ、そういうこと。なんだかエッチね」

「でしょう?」


 くそ、コイツら、どっちも行動原理が煩悩だからか自然と意気投合してやがる……。

 まさかこの二人がこんな化学反応を起こすとは想定外だった。

 しかし、こんなところであっさり雰囲気に飲まれてしまう俺ではないぞ。


「夏樹先生は、今の生徒会長について何か知ってますか?」


 荷物を適当に置いて、ソファに腰を下ろしながら俺が訊いた。


「あなた、学校の外でも先生を情報屋扱いするつもり?」


 先生は半眼で睨んでくる。

 まあまあ、これは歴とした取引ですよ。


「ふうん……? セイジロウくん、もちろん自分が何を言ってるか分かってるわよね?」


 さすがに理解はしているつもりだが、意外と信用されてないな。


「セイさまは家ではわりとガードが緩いので、信用しても良いと思いますよ」

「あら、そうなの? まあ確かに、この前も家だったしね」


 何故か有紗から援護を受けてしまった。

 まあ、俺もいちおうは健全な男の子ですから……。

 というか、訊いておいてなんだが、先生も新任教師だから二年生や三年生のことまでは知らないかもしれないな。


「先生の情報網を甘くみないでほしいわね」


 夏樹先生がぐびりとチューハイを呷り、ナッツを口の中に放り込む。


「先生、教育実習も山都河だったからね。たまたまだけど、去年の会長選挙のことだったらよく知ってるわよ」


 ほう、そうだったのか。

 ということは、先生は山都河のOGということか。

 これは思ったより中身のある情報を得られるやもしれん。


「確か、文化祭のミスコンで勝った子がそのまま生徒会長になったのよね。先生がまだ在学してたときもそうだったから、なんだか懐かしい気持ちになったわ」


 ――は? 去年もミスコン優勝者が生徒会長に? それも、昔からそうだったと?


「変な伝統よねぇ。もちろん、例外もあるんだろうけど、生徒会長になろうとする人は生徒に魅力的と思われて当たり前、みたいな感じなのかしらね?」


 なん――だと……?

 つまり、俺たちが奇策と思っていたミスコンで知名度アップ作戦は、そもそも山都河高校で生徒会長になるための通過儀礼だったということか……?


「そういうことになるのかしらね」


 いやいや、そんなこと一年生のうちから知っている生徒なんてまずいないだろうし、もし本当にそうなんだとしたらいくらなんでも初見殺しすぎる。

 まあ、そもそも一年生で生徒会長になろうとする者自体が少数派だろうが……。


 そういえば、橘先輩も去年の会長選挙には出ていたはずだ。

 先輩はミスコンのことは知っていたのだろうか。


「橘さんって、副会長の子よね? さすがに出てなかったんじゃないかしら。でも、文化祭の最中に中庭で演説みたいなことやってたのよね。あれも面白かったわねぇ」


 おお、マジか。ということは、橘先輩は正攻法で次点の票数を得たということか。

 今年はどうするつもりか分からないが、高校生相手に演説でそこまで票を稼げるというのも地味に凄いな。


 なんにせよ、これはちょっと面倒なことになってしまったかもしれない。

 橘先輩の話では、現生徒会長も再選を狙っているという話だ。

 それは去年のミスコン覇者が今年もまたミスコンに出てくる可能性を示唆している。

 つまり、服部が打倒すべき相手は橘先輩だけではないということになる。


 ――と、そこで不意に思い至ることがあった。

 昼休み、屋上で話をしているときにミスコンへの出場を提案してきたのは有紗だ。

 随分と唐突な提案だとは思っていたが……まさか、有紗はこのことを知っていたのか?


「ご褒美は激しめのエッチでけっこうですので」


 座卓に麦茶の入ったグラスを持ってきながら、これ見よがしに有紗が言った。

 くそ、そういうことか。今宵も長い夜になりそうだぜ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る