第十五話 候補者演説
「え?」「え?」
「あら」「むむ……」
屋上で顔を合わすなり、有紗以外の面々はそれぞれに異なる反応をしていた。
まあ、服部と姫宮に関してはまず優那がいることに驚いているのだろう。
二人とも、深雪と有紗と俺の三人の間に何かしら繋がりがあることは知っていても、まさか優那と一緒に弁当を食べているなどとは考えていなかったはずだ。
優那については、これまで三人でどんなやりとりをしていたかは分からないが、すでにその顔は完全にツンツンモードの顔になっている。
優那も深雪も先日の柳川の騒動について察している雰囲気はあったが、さすがにその全容までは把握していなかったはずだ。
つまり、これは姫宮に対する敵愾心というよりは、どちらかというとある種の人見知りみたいなものなのかもしれない。
そして、深雪はもう完全に嫉妬の炎を目に宿している。
これまで優那や有紗に対してはそういう態度を見せていなかったので気づかなかったが、本質的には嫉妬深い気質なのかもしれない。
優那や有紗に対しては、単につきあいの長さから遠慮があるだけだろう。
そういう意味では、ある種の小姑感というか——なんにせよ、この三人の中では最も厄介な手合いかもしれない。
「こんなところに何の用? わたしたち、騒々しい世俗を離れて楽しくお昼を食べてる最中なのだけれど、邪魔しないでもらえるかしら」
最初に口を開いたのは優那だった。
相変わらず鋭い言葉に胸がドキドキしてくるぜ……。
いやしかし、今回はときめいている場合ではない。
服部と姫宮の顔は見る見るうちに険悪なものになっている。
まずい。売り言葉に買い言葉になったら地獄だぞ。
俺は大慌てで優那に向きなおると、その目をまっすぐ見つめながらその名を呼んだ。
「優那」
ビクッと優那の肩が震える。
「俺の友達だ」
色々と思うところもあるが、とにかく今は場を収めることが最優先だ。
優那はしばらく困惑したように瞳を揺らすと、それから急に顔を真っ赤にして、唇を尖らせながらプイッとそっぽを向いた。
「ま、まあ、別にあなた方がどうしても一緒に食べたいというなら、構いませんわよ」
こ、これは……!?
「も、モダンスタイルなツンデレ!? やはりこちらも最高ですっ!」
プシュッと音が出るほどの勢いで有紗が鼻血を迸らせた。
「え? え? なんなの……?」
姫宮は目の前で起こっている状況についていけてないようだ。
まあ、普通はそうだろう。
「すまん、優那はちょっと人見知りなところがあって……」
「こ、これって人見知りって言うの?」
分からん。いちおう、俺はそう定義することにしたが……。
「ていうか、あなたたちってどういう関係なの?」
服部が最もな疑問を呈してくる。
そりゃ気になるよな。さて、どう答えたものか……。
「セッちゃんとユナちゃんは恋人同士だよ」
——と、何処か不貞腐れたような顔で深雪が口を開いた。
このタイミングで深雪か……というか、いちおう彼女の中ではまだ俺と深雪が恋人関係であるという認識なんだな。
深雪はそのままお弁当のおかずを口に運び、モグモグしながらグッと自分の胸を親指で指し示した。
「そんで、あたしが第二恋人だから! あんたたちはその次ってこと、忘れないでよね」
おい、黙れ。
「そうすると、わたしは何番目になるのですか?」
鼻に詰め物をした有紗が間に入ってくる。
やめろ、この話を広げようとするな。
「アリサちゃんはメイドさんだから別枠じゃない?」
「ご奉仕枠ということですか?」
「そんな感じかなぁ」
「たしかに、そのほうがエッチですね」
「でしょ?」
頼むからマジで黙っといてくれ。
「せ、セト……フタマタじゃなくて、サンマタしてたってコト……?」
姫宮が驚愕に目を見開きながら俺を見ている。
や、やめろ、そんな目で俺を見ないでくれ。
色々と不可抗力だったんだ。
「正確には五股ですね。サ」
「わーわー! その辺は言っちゃダメなやつだから!」
あ、あぶねぇ! マジでガチの爆弾を落とすのはやめろ!
「し、信じらんない……」
気づいたとき、姫宮が俯きながら肩を振るわせていた。
まあ、こうなるよな……。
だから、できれば連れてきたくなかったのだ。
ただ、下手に一線を越える前に現実を知ってもらえて良かったのかもしれない。
まだ取り返しのつく段階ではあるだろう。
まっとうな人間が、俺のようなだらしのない甲斐性なしに関わるべきではない。
しかし、次に姫宮の口から飛び出してきた言葉は、俺の予想の遥か上をいくものだった。
「サンマタもしてるのに、マユのこと拒否ったってコト!? マユ、そんなにオンナとしての魅力ない!?」
わりとガチ泣きしながら詰め寄られた。
くそ、俺の周りにはまともな貞操観を持った奴はいないのか……?
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