第十六話 マニフェスト

「あのさマユちゃん、ギャルメイクのやり方、あたしにも教えてもらえないかなぁ?」

「えー、そんなのゼンゼン良いよ! なんだったら一回マユがメイクしてあげよっか?」

「ほんと!? わー、やってほしいかも!」


 いつの間にかギャル同士はすっかり打ち解けていた。

 深雪のコミュ力は相変わらずヤバいな。

 姫宮もギャルらしく物怖じしない性格のようで、すっかり輪の中に入り込んでいる。


「綾小路さん、なんかゴメンなさい。わたしに気を遣って生徒会の会長選に出るのをやめてくれたのよね?」

「べ、別に、あなたのためではありませんわ。セイくんがそうしてほしそうだったから仕方なく辞退しただけです」


 服部は優那と交流を深めているようだった。

 優那のモダンスタイルなツンデレが見ていて新鮮だ。

 有紗がびっくりするくらい良い笑顔で二人のやりとりを見守っている。

 コイツ、こういうときだけ笑うのがマジで不気味なんだが……。


「人の笑顔を不気味というのは大変失礼にあたると思いますが」


 ――と、表情のなくなった有紗の顔がぐるんとこっちに廻ってくる。

 そういうところが不気味だって言ってんだよ。


 というか、なんだかんだで収まるところに収まったな。

 もうちょっとカオスな感じになるかと思ったが、杞憂だったか。

 いや、すでに十分すぎるほどカオスなのに俺が場慣れしすぎてそう感じなくなってるだけという可能性もあるが……。


「そういえば、服部さんは明日の候補者演説の内容については考えておられますの?」


 優那が食べ終わった弁当箱を片づけながら訊いている。

 そういえば、明日の全体朝礼で立候補者の発表と演説が行われるんだったな。


「あー……それが、実は全然考えてなくて……」


 服部は少し罰が悪そうにしながら、弁当のおかずを口の中でモグモグしている。


「あら、そうなんですの? 何か公約とかはあるのでしょう?」

「いやー……」


 あ、これはなんも考えてないパターンだな。


「だ、だって、仕方ないでしょ!? もともと内申点目当てなだけだし、柳川さんとのこともあって考える余裕もなかったし……」


 下心で会長選に出ようとした報いが今になって来ているようだな。

 背景的な事情はどうあれ、何か高尚な目的があって生徒会長になりたいわけではないのだし、この調子だとわりとあっさり落選なんてこともありえるかもしれない。


「えー、それじゃアヤノコウジが立候補やめた意味ないじゃん」


 姫宮が横槍を入れてくる。

 わりとグサっと刺さるやつだな。

 ほら、服部が今にも血反吐を吐きそうな顔をしている。


 まあ、個人的な考えを言わせて貰えば、目的なんて別に後づけでも構わないとは思う。

 最初は実利優先でやってきたことが、やってるうちにそれ自体に価値を感じるようになるなんてことは別に珍しい現象ではない。

 大事なのは、最終的な目的はなんであれ、やるからにはしっかりとやり切るつもりでやらなければならないということだ。

 そうでなければ、たとえその目的が下心からだろうが高尚なものだろうが意味はない。


「……そうね。やるからには、勝たないと」


 服部の瞳に弱々しいながらも意志の炎が宿ったような気がした。

 そうだ。内申点のためとかどうとかはいったん脇に置いておいて、まずは勝つこと——そして、そのために何を準備したら良いのかを考えるのだ。


「まずは公約ですわね」


 優那が人差し指をビシッと立てて言った。

 確かに、選挙といえばまずは公約——マニフェストだ。

 自分の任期中に何をするか、自分が生徒会長になることでこの学校にどんなメリットがあるのかを示す必要がある。


「はいはーい! マユ、校則改正したいでーす!」


 姫宮が勝手なことを言っている。

 とはいえ、そこまで悪いアイデアではないか。

 ここ何年かで実際に生徒主導で校則が改正された例が増えているというニュースは俺も見た覚えがある。


「校則改正って、たとえばどんなの?」


 深雪が口の中をモグモグさせながら訊く。

 コイツ、俺たちより先に食べはじめてたはずなのにまだ食ってんのか。

 というか、体のサイズに反してよく食うんだよな……。


「んー、バイト禁止をなくしたり、スカートは膝下丈ってのをなくしたりー」


 え、スカートって膝下までなの?

 少なくともこの中でそれを守ってるのは服部くらいだぞ?


「だからさー、ほとんど守られてないのに、誰も注意しないみたいな校則がいっぱいあるんだよね。ほんとは化粧も禁止だし、髪の毛だってセンセが何も言わないだけで、ほんとは染めたりするの禁止だし」


 マジか。俺はてっきり頭髪規定が緩いのだと思っていたが……。


「あたしもそう思ってた!」


 まあ、深雪はそうだろうよ。

 でなけりゃ、そんなマッキンキンにはせんものな。


「うちはホムラ先生がけっこうユルいから許されてるみたいなとこあると思うよ? クラスにもよるって噂も聞いたことあるし」


 なるほど、教師の匙加減で校則が運用されているということか。

 ありがちな話ではあるが、それはそれで歪んだ構造であることは間違いないな。


「……ということは、それを公約にすればいいわけよね?」


 何か思いついたのか、服部が口を開く。


「形骸化した校則の見直し……次期生徒会発足後に校則改廃に伴う特別委員会を編成し、中長期的な目線で現在の価値基準と校則の適合性を再検討する……みたいな感じかしら?」


 おお、なかなか良さそうじゃないか。

 しかも、それだと一期や二期でどうにかなる問題でもないだろうから、次年度の生徒会で再選を狙う場合にも有利に働く可能性がある。


「マユ、ひょっとしてけっこう良いアイデア出しちゃった?」


 姫宮がニヤッと得意げに笑って、何故か俺の体に飛びついて来た。

 腰のあたりに腕を回しながら、脇の下あたりに頭をこすりつけてくる。

 くそっ、なんで女の子ってこんなに良い匂いがするんだ……?


「役に立ったなら、ご褒美がほしいなぁ……なんてね!」


 い、いや、俺じゃなくて服部に言えよ。


「はぁ!? なんでこんな露骨なアピールに対してそういうこと言えるの!?」


 うおっ!? キレるのが早い!


「マユちゃんって、なんかちょっと同じ匂いを感じるんだよねぇ」


 深雪はいつの間にか嫉妬心を納めてノホホンとしている。

 コイツ、ヤキモチを妬くときと妬かないときの違いがいまいち分からねえ……。


「今後の夕食はこれまで以上に精のつくものにしましょう。いくら絶倫とはいえ、セイさまの種にもかぎりはありますからね」


 種とか言うな。ぜんぜんオブラートに包めてねえから。

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