第十二話 あんたが治してよ
昼休み終わり、屋上から戻ってくると、椅子の上にメモが貼りつけられていた。
『放課後、旧校舎2Fの空き教室に来てください』
むう。前にこんな感じの呼び出しを食らって、行ってみたら深雪に告白されたんだよな。
ということは、またしても何処かでフラグを立ててしまったのか?
あるいは、昨今の流れからしてヤンキーからの果たし状という可能性もあるか……。
俺がメモを見ながら逡巡していると、有紗がじっとこちらを見ていることに気づいた。
まずい、メモの内容を見られたりしてないだろうな。
いや、むしろ見られてたほうがいいのか? どちらが正解か分からんな……。
ひとまず、喧嘩になってもいいように準備だけはしていくか――。
※
さて、放課後の空き教室である。
そこで待ち構えていたのは——なんと、姫宮繭香だった。
これはちょっと予想していなかった。
思いっきりバンテージとグローブを身に着けて来てしまったが、引かれてないだろうか。
「その、急に呼び出してゴメン」
姫宮はいつにも増してしおらしくしている。
しょんぼりしているギャルは可愛い。
俯きがちに指先で髪の毛をいじってるその姿に、心ならずもときめいてしまうぜ……。
「カスミのこと、助けてくれたんだよね」
顔を上げ、じっとこちらを見つめながら姫宮が言う。
まあ、実際に現場で助けたのは有紗だが、その後のアフターフォローをしたのは俺なのでいちおう頷いておくか。
「あのあと、カグラザカがマユのことカスミに話したみたいでさ……」
胸の前で両手の指を絡ませながら、モジモジとこちらに歩み寄ってきた。
「マユ、別に大したことしてないのに、カスミがわざわざ『ありがとう』って言いにきてくれて、それで、なんかすっごい久しぶりにちゃんと話とかできて……」
俺の目の前まで来て足をとめると、姫宮が上目遣いに俺の顔を見つめてくる。
「ずっと、気まずかったけど、今日もちょっとだけ話して、ひょっとしたら、これから昔みたいに仲良くできるかもって……それで……」
姫宮が顔を赤らめながら俺の手をとってきた。
思いっきりグローブを着けていることについては、不思議と突っ込まれなかった。
「それで、セトにもちゃんとありがとうって言おうと思って……」
潤んだ瞳で、姫宮がじっと俺の顔を見つめている。
なるほど、そんなことか。
そもそも俺は礼を言われるためにやったわけではないし、そこまで畏まる必要は……。
――と、そんなことを暢気に考えていた俺は、おそらくただの間抜けだった。
姫宮はそのまま俺の手をギュッと握ると、勢いよく背伸びをしてキスをしてきた。
間抜けな俺には完全に不意打ちだった。
だが、思えば最初から姫宮はこれを狙っていたのだろう。
俺が目を白黒させたまま硬直している間も、姫宮はずっと唇を離さなかった。
「ご、ゴメン、急に……」
やがて顔を離した姫宮は、そう言いながらコツンと俺の胸に額を押しつけてきた。
「さ、最初は、セトのこと、地味で冴えないやつだと思ってたんだけどさ……」
最近、よく言われます。
「なんか、最近、あんたのこと見るとドキドキしちゃって……」
それはたぶん心の病なので、専門医に診ていただくのが良いのではないでしょうか。
「あんたが診てよ……あんたじゃなきゃ、治せないよ……」
ぐおっ!? こ、コイツ、何をどう言えば男の心が動くか分かってるな!?
お、恐ろしい女だ……ますますドキドキしてきちまったぜ……!
俺が動揺していることに気づいてか、姫宮は握った俺の手を自分の胸に押し当ててきた。
「ねえ、マユもさっきからドキドキがとまらないの……分かる……?」
す、すまん、バンテージとグローブのせいでちっとも分からねえ……。
「なんでよっ!?」
ブンッ! ――と、姫宮が俺の腕を放り出した。
「んもー! なんでそうやっていちいちはぐらかすの!? こういう流れになったらオトコはエッチなことしたくなるんじゃないの!?」
やべ、キレたっ!? いや、決して興奮してないわけではないのだが……。
「それじゃなに!? マユのこと、オンナとして見てないってこと!?」
そ、そうじゃなくて、ええと、俺にはいちおう心に決めた人が……。
「うそ! カグラザカとかツカモトとフタマタしてるくせに!」
ふ、二股ではない! ……が、ええと、その、なんだ、いかんぞ! この話題は!
というか、いちおう世間的にはそういうふうに見えているのか……。
「今さらマユが一人くらい増えたっていいじゃん……ねえ、マユじゃダメ?」
姫宮が俺の背中に腕を回してギュッと抱きすくめてくる。
ぐおお、ベストに隠れて分からなかったが、コイツ、意外と胸がデカいぞ!
というか、なんで俺の周りにはこんなアクセルベタ踏みの女しかいないんだ?
もうちょっとこう、段階的に加速していく感じではダメなのか?
そんなんじゃいつか事故るぞ——って、すでに事故ってるか。主に俺が……。
「……ね、もっかいキスしてもいい?」
姫宮が頬を上気させたまま、潤んだ瞳で見上げてくる。
くそ、このままでは流れに飲まれてしまう……。
あまり彼奴に頼るのも癪だが――ここは助けを呼ぶより他に手段はない!
助けて! ありさえもーん!
――ガラリ。
「わたしがきました」
「うわっ!? カグラザカ!?」
助かったぜ……。
「呼ばれたので来ましたが、この期に及んで何を守ろうと言うのですか?」
これでも必死に守ってんのさ、健全な学生生活ってやつをな……。
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