第十一話 さっさとセックスしろ

 俺は1-2の教室まで来ると、おもむろに扉を開けて言った。


「芦田はいるか」

「……テメェは……」


 芦田はすぐに見つかった。なんだったら扉からすぐの机が芦田の席だった。

 気怠げな目つきをした、ガタイの良い男だ。

 この男とは少し前に優那や有紗絡みでちょっとした因縁があった。


 1-2の教室内にはどよめきが起こっている。

 まあ、方々から地味だ地味だと言われているほどのモブ男である俺が上級生ですらビビるという不良を名指しで呼び出しているのだから、端から見たら異様な光景だろう。

 だが、芦田はどちらが上の立場かよく理解しているはずだ。


「話がある。少し顔を貸せ」


 それだけ告げて廊下に出ると、芦田は舌打ちをしながらも大人しくついてきた。

 俺は芦田を引き連れて、そのまま人気の少ない中庭まで向かった。


「これ以上、なんの話があるってんだ……」


 俺が中庭の一角で足をとめると、芦田が気怠そうにぼやいた。

 こちらを見る芦田の目に恐怖はないが、それでも強い警戒心が宿っているのは分かる。

 事前に調べた情報では、もともとそこまで血の気の多いタイプではないらしい。

 ただ、敵だと認識した相手への対応の早さといい、その判断力の高さは確かなものだ。

 一度は下した相手とはいえ、あまり挑発するのは得策ではない。


「柳川について話がある」


 俺は単刀直入に本題を切り出した。


「ヒヨリ……? アイツがまた何かしたってのか?」


 芦田は怪訝な顔をしている。

 どうやら今回の件に関しては芦田は関与していないらしい。


「また新しい標的を見つけて恫喝まがいのことをしている。おまえのほうでなんとかやめさせることはできないか? おまえら、つきあってるんだろ?」


 ゴチャゴチャと回り道をしても仕方がないので、目的だけを率直に伝えた。

 今回の件に芦田が絡んでいるのならばもっと話は早かったが、どちらにせよ二人が本当に交際しているのであれば、芦田のほうから働きかけてもらえばいい。

 穂村先生の情報が事実なら、柳川はあくまで芦田の後ろ盾ありきで行動しているはずだ。


 しかし、芦田は疲れたように首を振ると、面倒くさそうに言った。


「俺が知るかよ。おまえらお得意の綾小路の力とかでどうにかすればいいだろ」


 意外と反抗的だな。そういう態度、嫌いじゃないぜ。


「今回の件は俺たちに直接関係あることじゃない。できれば綾小路の力は使いたくない」


 いちおう、俺側の事情も伝えておく。


「だったら放っておけよ。他人事だろ」


 芦田はあくまでも面倒くさい――あるいは、関わりたくないという態度のようだ。

 まあ、もっともな言い分ではある。

 今回の件に関しては、いくらか俺のお節介な部分もあるのは事実だ。

 とはいえ――くそ、面倒だな。

 もう一度、どちらが上の立場か体に教えてやろうか……。


「……ちっ、俺にどうしろってんだよ」


 俺が苛立ちはじめたのを察したのか、芦田がうんざりしたように言った。

 手近な花壇の縁に腰を下ろし、やれやれとばかりに肩をすくめる。

 そうそう、最初からそうやって素直にこっちの話を聞いてればいいんだよ。


「俺もヤキが回ったな。面倒なやつを敵にしちまったぜ……」


 芦田が嘆息まじりにぼやいている。まあ、そう言うな。仲良くしようぜ。


「ちっ……それで、何が目的なんだ?」

「柳川を大人しくさせたい。おまえのほうから言えばなんとかなるんじゃないのか? 柳川はおまえが後ろにいるから好き勝手してるんだろう?」


 俺が言うと、芦田はキョトンとしたように目を丸くしたあと、何故か力なく笑った。


「関係あるかよ。あいつは別に俺のことなんざアテにしちゃいねえさ」


 なんだと? 穂村先生の情報が間違っていたのか?

 あるいは、世間的にそう思われていただけで、事実は違っていた……?

 いや、それでも前回は柳川にしっかり協力してたじゃないか。


「あのときは頼み込まれて仕方なくだ。殴られたって話も聞いてたし、そもそも俺たちはあの女が恥をかきそうな写真さえ撮れりゃよかったんだ」


 そういえば、あのときは有紗が柳川に強烈な反撃をお見舞いしたんだったな。

 それでも先に手を出したのは柳川のほうだし、男三人で有紗をかどわかすような真似をするのはさすがにやりすぎだと思うが……。

 ——いや、けっきょく失敗しているからやりすぎもクソもないか。結果論ではあるが。


「あいつが悪ぶってんのは、あいつがそうしたいからやってるだけだ。俺には関係ねえ」


 言いながら、芦田が嘆息まじりに足許へと視線を落とした。

 ――こいつ、柳川について何か隠してるな。

 敢えて柳川が『悪ぶってる』と表現しているということは、つまり、芦田にとって柳川は心根から悪意のある人間ではないということになる。

 となると、柳川には何か『悪ぶる』理由があるはずだ。


「……ちっ」


 俺が無言で威圧していると、芦田は面倒くさそうに口を開いた。


「あいつにはできの良い姉貴がいて、ガキのころからずっと比較され続けてたんだよ。そのせいで中学に入ったあたりから完全に捻くれちまって、あとはずっとあんな感じだ。自分の評判が悪くなればなるほど姉貴の足を引っ張れて愉快なんだとよ」


 げっ、マジかよ。思ったより重たいバックグラウンドが明かされてしまったな……。

 というか、それならなんで芦田はそこまでグレてしまったんだ?


「別にグレた覚えはねえが……」


 芦田はやれやれと首を振りながら嘆息した。


「ヒヨリのやつ、目についたやつは手当たり次第だったからよ。これまでにもテメェみたいなやつが絡んでくることはあったんだよ。説明するのも面倒だからボコしてるうちに今度は喧嘩自慢みたいなやつにも絡まれるようになって、気づいたら比良二中の頭みてえに言われてただけだ」


 おお、ヤンキー漫画みたいな展開だな。

 というか、おまえら幼馴染か何かなのか?


「……まあ、そんなとこだな」


 なるほど。なんとなく柳川と芦田の関係性も見えてきたな……。

 こいつら二人は幼馴染で、芦田にいたっては柳川がグレた理由についても理解している。

 交際についても否定していないから、いちおう恋人関係でもあるのだろう。

 つまり、そこから導き出される答えは一つだ。


「おまえら、まだセックスをしていないな?」


 芦田が噴き出した。


「い、いきなり何を言い出しやがる……」


 その顔が見る見るうちに赤く染まっていく。これは図星だな。

 芦田は今にも殴りかかってきそうな目つきで俺を睨んでいたが、むしろ殴りかかりたいのは俺のほうだ。

 まったく、馬鹿げた話である。

 幼馴染で、恋人同士で、相手が非行に走っている理由も理解しているのに、何故、一緒にその問題について向き合ってあげようとしないのか。


「さっさとセックスをしろ!」


 俺は芦田に対してそう怒鳴りつけた。

 さっさとセックスをして、弱いもの虐めなんかよりも楽しいことがあるって教えてやれ。

 姉貴に対するコンプレックスを拗らせるくらいなら、俺の周りの変態どものように性癖を拗らせて爛れた生活を送っているほうがまだマシだ。

 俺の中のイマジナリー優那がそう叫んでいるから間違いない。

 反抗期の子どもみたいな感情的な問題など、セックスをすれば即効解決だ!

 性病にだけは気をつけてな!


「な、何を勝手なことを……」


 芦田は露骨に狼狽えていた。

 勝手もクソもあるか!

 おまえら、つきあってるんじゃないのか!?


「つ、つきあってはいるが……」


 じゃあ、さっさとセックスをしろ!

 今日、帰ったらすぐにしろ!

 コンドームはしっかりつけろよ!


 俺はひとしきりそれだけ言って、あとは返事を待たずにその場を立ち去った。

 そろそろ戻らねば、昼休みが終わって弁当を食べ損ねてしまう。


     ※


 翌日、朝礼前のことである。

 登校してきた服部が教室に入ってくるなり、窓際の席から柳川が駆け寄って行った。

 そして、何を思ったのか、皆が見ている前で服部に頭を下げだしたのである。


「昨日はゴメン! スマホのデータも消したから!」


 そう言って、柳川が服部にスマホの画面を見せている。

 服部は唐突な展開にすっかり目を丸くしていて、服部本人だけでなくその場にいたクラスメイトたちも皆一様に目の前で繰り広げられている光景に衝撃を受けている。

 ただ、俺だけは何が起こったのか理解していた。


 芦田、男を見せたな!


「あの顔……オンナになった顔ですね」


 有紗も何故か目を光らせていた。こういうことにはさすがに鋭いな。

 まあ、誰しも心の支えがあれば強くなれるということだ。

 柳川の行動原理が単なるコンプレックスからくるもので良かった。

 これが純粋な悪意からだった場合、もう少し問題解決には時間を要しただろう。

 芦田の行動力にも感謝したい。

 あるいはもともと何かきっかけを探していて、俺が最後の背中を押しただけという可能性もあるが……。


「しかし、どうせ謝るならわたしにも謝るべきではないでしょうか」


 いや、おまえはやり返しすぎてるから駄目だ。むしろ謝ってこい。

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