第十話 懲りない女

 昼休みである。

 いつものように屋上に向かおうとしていると、背後から何者かに呼びとめられた。


「セト、ヤバいことになったかも……!」


 姫宮繭香だった。

 俺は優那たち三人に先に屋上に行っているように伝えると、念のため、クラスメイトの目を避けるために廊下に出て話を聞くことにした。


「なにがあった」


 俺が訊くと、姫宮は青い顔をしながら言った。


「ヤナちゃんが、カスミを連れて行っちゃった……!」


 ……は? なんでだ?


「わ、分かんないよ。マユはもうやめようって言ったんだけど、ヤナちゃんもイクミンも聞いてくれなくて……」


 くそ、懲りないやつらだな……いや、とにかく、ありがとう。よく声をかけてくれた。


「い、行くの? たぶん、前と同じ校舎裏だと思うけど……」


 行ってほしいから、声をかけてきたんだろう?


「そ、それは……」


 というか、姫宮は以前に服部のことを嫌いだと言っていた気がするが……。

 ――あるいは、ここにきて正義感にでも目覚めたのか?


「……そ、その……ほんとは……」


 姫宮が俯き、何故かその瞳に涙を浮かべはじめる。


「ほんとは、仲良かったんだよ……カスミ、中学校に行ってからは将来のためって言って勉強ばっかりで、ま、マユはこんなだから、あんまり遊ぶこともなくなっちゃって……」


 じゃあ、なんで嫌いだなんて言ったんだ?


「だ、だって……あいつ、マユが勉強しないとうるさかったし、マユの服装とかメイクとかも頭が悪そうってバカにするし……」


 まあ、それは服部が悪いな。

 どんな趣味であれ、人の趣味を馬鹿にするのは褒められたことじゃない。

 とはいえ、やっぱり昔の友達が虐められるのは気分が悪いってことか。


「そ、それもあるし、それに、マユ、もうイジメはイケナイことだって分かったから……」


 良い心がけだ。

 人を好きになったり嫌いになったりは勝手にすればいいが、虐めはまた別だ。

 姫宮が心を入れ替えたというなら、なおさら服部を放ってはおけまい。


「お、お願い。カスミを助けてあげて」


 任せておけ。こう見えて、俺はギャルに優しい男なのだ。


     ※


 急いで校舎裏に向かうと、何故かそこにはもう有紗と服部しかいなかった。

 いや、そもそもなんで有紗がここにいるんだ。


「話は聞かせてもらいました」


 聞いてたのかよ。ということは、また柳川たちをボコったのか?


「いえ、わたしの顔を見た瞬間に逃げていきました」


 マジかよ。よほどビビられてるようだな……。

 一方、当の服部自身は校舎の壁面に背中を預けるようにして力なくしゃがみ込んでいる。

 というか、今回はまたなんで服部が柳川たちに狙われたんだ?


「……昨日、バイトしてるところを見られたのよ。動画を撮られてた」


 重い溜息をつきながら、服部が言う。


「教師にチクられたくなかったら、金を出せって言われて……」


 おいおい、完全に恐喝じゃないか……それで、いくら出したんだ?


「その前に、神楽坂さんが来てくれたから……」


 そうか。でかしたぞ、有紗。


「お任せください。ご褒美は激しめのエッチでけっこうです」


 黙っておけ。


「それはそうと、どうして服部さまは柳川さまの要求に対してそこまで素直に従われようと思ったのですか? アルバイトに従事していることが学校側に知られたとして、大した問題ではないと思うのですが」


 塞ぎ込む服部を見下ろしながら、有紗が訊く。

 事情はすでに説明していた気もするが、そういえばあの場に有紗はいなかったか。 


「わたし、生徒会長に立候補してるのよ。バイトしてるのがバレたらマズいでしょ」

「なるほど、確かにそれはマズいですね」


 納得したとばかりに有紗が頷いている。

 まあ、よくよく考えてみると俺が服部の立候補について知っているというのもおかしな話ではあるので、こうやって服部自身の口から情報が開示されたことは好都合か。

 あるいは、有紗も最初からそれを狙って何も知らないふりをしていた可能性はある。


「ご褒美は激しめのエッチでけっこうですので」


 くそ、外堀から埋められていってる気がするぜ……。


「とりあえず、服部は会長選が終わるまでバイトは休んでおけ」


 その場にしゃがんで服部と目線を合わせながら、俺が言った。


「休んでどうなるってのよ。動画を撮られてるって言ったでしょ?」


 服部が力なく答える。すっかり意気消沈といった様子だ。

 まあ、アルバイト云々に関係なく、虐めの標的にされたという時点で気が滅入るだろう。


「バイトを休むのは保険だ。柳川の件は俺がなんとかしてやる」

「……あんたに何ができるってのよ」


 その場で膝に顔を埋めるように俯き、服部が小さく肩を震わせはじめた。

 何かを察したのか、有紗も服部の隣にしゃがみ込んでその肩を優しく抱く。

 やがて、服部が静かに嗚咽を上げはじめ、俺は嘆息まじりに立ち上がる。


 まったく、柳川め。おまえが俺の周りの人間を傷つければ傷つけるほど、おまえやおまえの周りの人間に手痛いしっぺ返しがくるということを改めて教えてやる必要があるな。


「セイさま、とても悪い顔をしていらっしゃいますね」


 そりゃそうさ。俺は正義の味方じゃないんだ。手段は選ばないさ。

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