第九話 すっかり爛れている

「イケナイことがした~い、イケナイことがした~いなぁ」


 ユーズモールから自転車置き場に戻るまでの道中である。

 SARAの紙袋を振り回しながら、深雪が謎の歌を唄っている。

 マジでなんなの、その歌……。


「放課後デートから流れるようにエッチがしたい歌」


 そうですか。

 でも、そういう歌はもう少し人目のないところで唄おうな。


「カラオケに行く?」


 行きません。


「なんでよ!?」


 そんなに食い気味で驚く!?

 いや、だって流れで襲われそうだし……。


「セイちゃん、初心者マークが外れたわりにはガード堅くない?」


 初体験でいろいろと心に傷を負ったので……。


「やりすぎちゃったかぁ」


 まあいいや。このあと、うちに来るか?


「えっ!? この流れからまさかのお誘い!?」


 いや、今日はまず間違いなく帰ったら優那の面倒を見させられるので……。


「なんだ。ついでかよぉ」


 別に嫌ならいいよ。


「行く行く! ついででもなんでも行きまーす!」


 ううむ、我ながらすっかり爛れた生活になってしまっておる……。


     ※


 自宅に帰ってくると、さっそくリビングで優那が迎えてくれた。


「おかえりなさい! やぁーっとテストが終わりましたわ!」

「おつかれさま」


 荷物を適当に置きながら、ひとまず労いの言葉をかけてあげる。

 今日は姉貴もすでに帰ってきているようで、いつものようにソファに寝転がって酒を飲みながらVewTubeを見ていた。

 有紗の姿は見えないが、まあキッチンで夕食の準備でもしているのだろう。


「ユナちゃん、おつかれさま!」


 遅れてリビングに入ってきた深雪も優那に声をかけている。


「あら、深雪さん、ありがとう。よかったら、一緒にセックスをなさっていきますか?」

「うん、するするー」


 なんだこの会話……。


「姉貴、頼まれてた酒買ってきたけど、そっち入れとく?」

「んー、ありがと。キッチンのほうに入れといて」


 姉貴に言われて、俺は酒の入ったエコバッグを持ったままキッチンに向かった。

 キッチンにはやはり有紗がいて、夕食の準備をしているようだった。


 俺が冷蔵庫を開けてエコバッグの中の酒を片づけていると、有紗が声をかけてくる。


「お帰りなさいませ、セイさま。先にエッチをなさいますか? それとも先にエッチを?」


 今日は先に飯を食わせてくれ。

 そういえば、深雪は今日もまたうちで飯を食っていくつもりだろうか。


「おうちにはもう連絡しちゃった。サユコさん、ママがいつもありがとうって」

「お構いなくって伝えておいて。どうせご飯を作るのはアーちゃんだし」


 手回しが良い。

 さすがに泊まりはしないものの、ここ最近は深雪がうちで夕食を食べていく回数が随分と増えたような気がする。

 まあ、賑やかになること自体ば別に構わないのだが……。

 昨日のように、健全に夕食だけを食べて終わりとはならないことのほうが多いので、俺が目指したい平凡な学生生活からはどんどん遠のいていく気がしないでもない。


 キッチンの冷蔵庫に酒をしまってリビングに戻ると、優那と深雪がスミッチでスマブラをはじめていた。

 姉貴は引き続き自分のスマホでVewTubeを見ているようだ。

 俺はテーブルの席に腰を落ち着けながら、優那の後ろ頭に向かって訊いた。


「なあ、優那って生徒会に興味ないのか?」

「興味はありますわよ。ザ・青春って感じですもの」


 あっさりとそう答えてくる。

 やはり、学校で言っていたこととは真逆のことを言っている。

 まさかとは思うが、もう立候補していたりしないだろうな。


「さすがにまだしてませんわよ」

「あれ、セッちゃん、優那ちゃんが立候補したらなんかマズいの?」


 深雪がぐるっと振り返ってくる。

 画面に集中してないとやられちゃいますよ。


 まあ、優那が立候補してしまえば、服部との対決は避けられない。

 それ自体が何か問題があるというわけではないが、服部の背景事情を推察するに、優那と対決することになったら反感を買う可能性は十分にある。


「セイくんは、その服部さんに生徒会長になって欲しいんですの?」


 優那までゲームを中断してこちらを振り返ってくる。

 ふむ……先にこの話の決着をつけておくか。


「本人に聞いたわけじゃないんだけど、服部はたぶん大学の推薦を狙ってるんじゃないかと思うんだよな」


 推測も交えながらにはなったが、俺は服部について二人に話をすることにした。

 服部は、なにか事情があって大学の推薦枠を狙っている可能性が高い。 

 そして、おそらくその事情というのは金銭的なものだ。

 生徒会長の座を狙っているのも、最終的に志望校の推薦枠に入り、特待生になる可能性を少しでも高めようとしているためではないか――と、俺は考察している。

 そう考えれば、俺たちのようにわざわざ自分の学力に見合わない高校を受験したことや、一年時から積極的に生徒会へ参加しようとする姿勢にも納得がいく気がするのだ。


「ははぁ……次は服部さんを篭絡してハーレム要因にしようということですわね?」


 したり顔で優那が言う。

 待て、何か大いに誤解がある。

 俺は単に優那に対して敵愾心を持つ者が増えると面倒だという思いでだな――。


「でも、あんましハーレム要因が増えると、あたしが闇落ちしちゃうよ?」


 深雪が唇を尖らせる。

 そういう台詞って自分で言うものなのか……?


「深雪さん、ヤキモチだなんて可愛いですわねぇ……大丈夫、セイくんが相手してくれないときは、わたくしが代わりにお相手して差し上げますからね」


 優那が深雪の体を抱き寄せて、軽く頬に口づけしている。

 深雪はちょっと照れくさそうにしているが、まんざらでもなさそうだ。

 そういえば、コイツらそっちもいけるんだったな……。


「まあ、そういうお話でしたら、今回の会長選は辞退いたしましょうか。何も生徒会長になることだけが生徒会に関わる手段でもありませんしね」


 横から深雪の体を抱きしめたまま、優那が首筋のあたりに顔を埋めている。


「んん……ユナちゃぁん……」


 何か感じるものでもあるのか、深雪の顔がどんどん赤くなっている。

 コイツらときたら……。


「お二人とも、夕食ができましたので盛るのは食事が終わってからになさってください」


 キッチンから有紗が出てきた。

 なかなか良いタイミングだぞ――って、すごい鼻血出してる!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る