第八話 意外とオトナなのね

「はい、あーん」


 ダスキンロビンスでお目当てのフレーバーを購入後、俺たちはすぐ近くのフードコートでドリンクを買い、そのままテーブル席でのんびりとアイスを食べていた。

 しかし、この突発イベントは予想していたとはいえ、なかなかに難易度が高いな。

 今さらこんなことでドキドキするのは色々と順序が逆なのは分かっているのだが、どうにもこの手のシチュエーション自体がむず痒い。


「もう、早くしてよ。アリサちゃんともこういうことしてるんでしょ?」


 ぬおっ、何故、ここで有紗の名前が出るのだ。

 まさか有紗のやつ、深雪にいつぞやの件について話したのか?

 それに、あれはただのシェアで、こんな露骨なカップル的な行為ではなかったはずだ。


「はーやーくーぅ」


 痺れを切らしたのか、深雪がテーブルの上に乗りだしてきて俺の唇に直接スプーンをつきつけてくる。

 ええい、強引にもほどがあるが……まあ、いたしかたあるまい。

 俺は腹を括って深雪の差し出すスプーンを口に含んだ。うむ、甘くて美味い。

 深雪は満足したようににっこり笑うと、そのままスプーンを俺のアイスに突き立てて一口分を強奪していった。

 あれ、俺のほうはやらなくてもいいパターンかな?


「あ、セッちゃんもしてくれるの? じゃあ、あーん」


 やべ、ヤブヘビだった。くそ、余計なことを言わなければよかったぜ……。


「早くしてよ。ヨダレたれちゃう」


 深雪があーんと口を空けている。くそう、ピンク色の舌がエロいぜ。

 まあ、ここまできて恥ずかしがるのもおかしな気がしたので、俺は自分のアイスクリームをスプーンですくい取ると、そっと深雪の口の中に差し入れた。

 深雪は満足そうにスプーンを口に含むと、何故かそのまま執拗に口の中でスプーンをしゃぶりはじめる。

 いやいや、何してんのよ……。


「セッちゃんのヨダレを味わいつつ、あたしのヨダレを染み込ませてるの」


 やってることが有紗と同レベルなんよ。


「やっぱりみんなやるよねぇ」


 みんなやる……のか?


「……随分と楽しそうね」


 ――と、急に視界の外から声をかけられる。

 見上げると、ダスキンロビンスの制服の上にカーディガンを羽織った服部が立っていた。

 休憩にでも入ったのだろうか。

 その手にはジュースの入ったグラスだけ握られている。


「服部さん?」


 深雪も目を丸くしている。


「一緒に座らせてもらってもいいかしら?」


 俺は別に構わないけど……。


「いいよ! でも、あたしの隣ね!」


 深雪が隣の椅子に乗せていた鞄をこちらに差し出してきたので、俺はそれを自分の鞄と一緒に隣の椅子に乗せる。

 服部が深雪の隣の椅子に座り、それからやや気まずそうな顔で俺たち二人の顔を見た。


「あのさ、わたしがバイトしてることなんだけど……」


 やはり、その話か。

 もちろん、最初から誰かに話すつもりはなかったが……。

 ――それにしたって、なんでこんな近場でアルバイトを?


「今日はヘルプよ。限定品の発売日で混雑するだろうからこっちを手伝ってって。いつもは難陀のほうだし、土日しかやってないわ。それに、普段は眼鏡も外して化粧もするし……」


 なるほど、そういうことか。

 確かに、難陀ならここよりは山都河校生との遭遇率は下がるだろうし、眼鏡を外して化粧をして、ついでに髪型も変えられたら、わりと本気で服部とは気づかれないかもしれない。

 しかし、なんでそもそもアルバイトなんてしているのだろう。

 わざわざ俺たちに秘密にしてほしいと願い出てくるくらいだから、アルバイトが禁止されていることくらいは認識しているのだと思うが……。


「色々と入用なのよ。あんたたちみたいに。望めばなんでも手に入るわけじゃないの」


 ジュゴゴゴ……と、ストローでオレンジジュースを吸い上げながら嫌味を言われる。

 なるほど、やはり根底にはそういった僻みもあるのか。

 となると、服部の優那に対する態度の原因は、究極的にはこの二人の境遇の違いからくるものなのかもしれない。

 まあ、そういった単純な問題なら、こちらとしてもいくらか対応しやすくはある。


「セッちゃん、悪い顔してる」


 アイスを口に運びながら、半眼で深雪が言った。

 いかんいかん。そんなに顔に出てたかな。


「……あんたたち、やっぱりつきあってんの?」


 不意に、服部がストローを咥えたまま、上目遣いに俺と深雪の顔を見ながら言った。

 その目には思春期の少女らしい好奇心と気恥ずかしさが宿っており、それまで彼女の背後に感じていた陰鬱な影を一時的に忘れさせる。


「そうだよ」


 深雪はびっくりするほどあっさりと肯定した。

 あ、あれ? そうだったっけ?


「違うの?」


 い、いや、どうなんだろうな。

 ただ、何かこう特別な取り交わしをした記憶は……。


「じゃあ、セフレってこと?」

「ぶふっ!」


 服部が盛大に噴き出した。すまぬ、服部。今のは俺たちが悪いな。

 というか、実際に今の俺たちの関係ってなんなんだろう。

 友達――ではないのか? 

 いやでも、それだと本当にセックスフレンドということに……。


「オトナな関係ってことかなぁ?」


 自分でもよく分かっていなさそうな顔で、深雪が言った。

 もう面倒だから、そういうことでいいんじゃないかな。


「あ、あんたたち、よく分かんないけど、思ったよりススンデルのね……」


 赤い顔をしながら服部が呟いて、汚してしまったテーブルを紙ナプキンで拭く。

 絶対に変な想像されてるな……。

 もっとも、おそらく服部が想像しているであろうものより遥かにひどいことが現実には行われているわけだが――まあ、さすがにそれを彼女が知ることはないだろう。

 ……知ることはないよな?

 

「ごめん、邪魔したわね。とにかく、バイトのことだけ、秘密でお願いね」


 服部はそれだけ言い残すと、空になったグラスを片手に去って行った。

 その後姿を、何故か深雪がじっと見つめている。


「あの子、ひょっとして、セッちゃんに気があったのかな?」


 そして、急にそんなことを言い出した。

 いやいや、何を根拠に……。


「んー、ほら、セッちゃんと同族意識……みたいな? 服部さんも普段は地味な感じだし」


 俺、そんなに地味なのか……?

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