第六話 最終手段
昼休みの屋上である。
俺たちはいつもの四人でお弁当を囲んでいたが――。
「昨夜はお楽しみだったみたいですわねぇ……」
実に恨み節のこもった調子で、優那が言った。
深雪と有紗はすっかり小さくなっている。
実は優那は実家で受けている通信教育の関係で、今週はまだ一度も我が家にきていない。
なんでも本来の優那の学力に即した実力テストとやらを行っているらしく、少なくとも今日のテストが終わるまでは放課後になったらすぐに実家に帰らねばならないとのことだ。
つまり、昨日の宴には優那だけが不参加だった。
「いや、ゴメンって。だって、アリサちゃんがさ……」
「いけませんよ、人のせいにしては。最初に我慢できなかったのは深雪さまです」
深雪と有紗は互いに罪の擦りつけ合いをしている。
なかなかに醜い光景だが、あんまりそういうことをされていると最終的には俺に矛先が向かうので、できればさっさと己の罪を認めて優那に許しを乞うてほしい。
「でもさ、そもそもセッちゃんがあたしたちをちゃんと拒んでくれてたら、こんなことにはならなかったんじゃない?」
「確かにそうですね。これまであんなにガードが堅かったのに、最近のセイさまは吹けば倒れるくらいの貧弱さです」
いや、展開早いな。しかも、だいぶ言いがかりだよ、ソレ。
「何を仰いますの。わたくしは別に、あなた方がお楽しみになられていたことを非難しているわけではございませんのよ。ただ……」
優那がお弁当のおかずを口に運びながら、次の言葉をためるように静かに咀嚼する。
そして、ごくりと嚥下するとともに開眼すると、力強く告げた。
「セックスをするなら、どうしてわたくしを呼ばないのんですの!?」
大声でそういうことを言うな。
「連絡さえいただければ、たとえテスト中であろうとなんであろうと放り出して
うおっ!? な、泣いてる……!?
「い、いや、さすがにテスト中だったらと思うと気も遣うよ!」
「そうです。お嬢さまの未来に関わることです」
大粒の涙を流して悔し泣きをはじめる優那の姿に、二人は大いに狼狽えているようだ。
「テストがなんです! 未来がなんです! わたくしは『現在』に生きていますのよ!?」
かっこいい。でも、理由が理由だけにまったく心が動かねえ。
「少しでも申し訳ないと思っているのなら、今日はわたくしがテストを終えて帰るまで絶対にセックスは禁止です! 良いですね!?」
「は、はいっ!」
「かしこまりました」
マジでなんなんだ、こいつら。
性に目覚めたばかりの男子中学生でもこれよりは慎み深いぞ。
※
「先生、思ったんだけどね……」
はい、なんでしょうか。
「いつまで待っても襲ってもらえないなら、やっぱりこちらから襲うしかないのかしら?」
まあ、待つよりは確実だと思います。
「そうよねぇ……」
――で、何してんスか。
「ちょっと、乱取りの練習でもしようかと」
ははぁ、乱取りですか……ぬおっ!?
「油断がすぎたわねぇ! セトくぅん!」
忘れてた! この人、柔道経験者っぽいんだった!
――というわけで、穂村先生の小外刈りによって思いっきり保健室のソファに転ばされた俺である。
ソファ横への誘導から位置取り、そして、足を払う形まで完璧だった。
気づいたとき、俺はまるで寝かしつけられるかのようにソファの上に転がされていた。
「先生、待ってください。俺は生徒会の立候補者の現状を聞きにきただけです」
「取引は等価交換じゃないとねぇ?」
この状況の何を持って等価としてるんだ……?
「そうよ。等価と言いつつわたしが得られるのはオトナになったというほんの少しの悦びと痛みだけ……あなたは自分の欲しい情報も、わたしの処女も、そして、わたしの心も手に入れられるというのに!」
なんで俺の周りの女ってこういうことを大声で言えるやつばっかりなんだろうな?
「一周回ってヤンデレっぽくて燃えない?」
この状況でそんなこと訊かれて、どう答えろってんだ。
「とりあえず、キスだけでもしていいかしら?」
ダメです。
「わたし、この歳になってキスもしたことないのよ……」
くっ……今さらそんなカミングアウトされてもさ……。
本人はコンプレックスのつもりかもしれないが、穂村先生みたいに普通に見た目レベルが高い女性にそれを言われるとちんちんに効くんだって……。
というか、いよいよもって今日ばかりは先生も俺を逃す気がないようだ。
流れの強引さもそうだが、もう完全に目が本気である。
食らわぬならば、食らってみせよう――という心意気を感じる。
いったい何が先生をそこまで駆り立てるというのか……。
とはいえ、いくらなんでも学校でエッチなことをするわけにはいかない。
ここはとにかく最後の一線だけでも守らねば――。
「先生、先に会長選挙について、服部香澄が立候補しているかだけ教えてください」
ひとまず、俺は本日の目的について穂村先生に訊いた。
「服部さん? 服部さんなら昨日の時点で名前があったわよ」
あっさり教えてくれるやん。
というか、やはり、服部は会長選に立候補するつもりだったのか。
まずはそれだけでも分かれば十分だ。
服部は会長選への立候補を考えていたからそこ、あの日のホームルームで激昂したのだ。
あとは優那が生徒会選をどう考えているかさえ分かればいい。
あのとき口では生徒会に興味がなさそうなことを言っていたが、優那が人前であのようなことを言うということは、逆に興味を持っている可能性も考えられる。
「ありがとうございます、先生」
俺は礼を言うと、腕を伸ばして穂村先生の肩を掴んだ。
先生が驚いたように身を竦ませる。
これだけさんざん誘うような行為をしていたくせに、いざこちらから手を出すと身を硬くするあたり、本当にこういった経験がないのかもしれない。
俺は先生の体を引き寄せて、互いの位置を入れ替えるようにソファの上に組み敷いた。
けっきょく、こういう取っ組み合いは体重が重いほうが有利なのだ。
「せ、セトくん?」
唐突な展開に、穂村先生が目を白黒とさせている。
すまぬ、先生――この状況を打開するためには、こうするしかないのだ。
「先生、あなたが悪いんですよ」
俺は穂村先生の体をソファの上に押さえつけたまま、耳許にそっと囁いた。
先生の顔が焼けた鉄のように赤くなり、熱を帯びていくのが分かる。
俺はそのまま目を見開いて呆けたようにこちらを見上げる先生に微笑みかけると、そっとその小さな唇をふさいだ。
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