第二八話 プールシャーク

 お昼すぎ、綾小路の旦那さまとの謁見を済ませた俺は、繁華街の大型歩道橋の上にある電光掲示板の前で待ち合わせをしていた。

 といっても、待ち合わせ時間にはまだ三十分以上ある。

 先に個人的な買い物をしようと思ってかなり早めに来たのだが、自分の買い物が終わってもまだ時間が余ってしまったのだ。

 まあ、スマホで適当に時間を潰していれば三十分なんてあっという間だろう——そう思いながらイヤホンをつけてスマホの画面を注視していると、俺の顔とスマホの間にヌッと顔を突っ込んでくる者がいた。

 深雪だった。待ち合わせ時間はまだまだ先のはずだが……。


「セッちゃん、めっちゃ早いじゃん!」

「ああ、先に済ませときたい用事があってさ」


 俺はイヤホンとスマホを鞄にしまうと、そのまま中に入っているもの見せた。

 ユーズモールのUNIQLUで買った速乾生地のシャツだ。

 そろそろ暑くなる時期だし、去年までのものはもうサイズが合わなくなってきたので新しいのを買い直したというわけだ。


「えー! それならわたしも一緒に行ったのに!」


 深雪は何やら残念そうにしている。

 とはいえ、下着を買うだけなのにわざわざつきあわせるのもな。


「そういうのが良いんじゃん。日用品とかを一緒に買いに行くあたりがつきあいの長いカップルって感じでさー」


 そう言いながら、深雪が腕を絡ませてきた。

 今日の深雪はショート丈のヘソだしTシャツの上に黒のクロップドジャケットを着て、下はデニムのショートパンツにニーソックス、それにいつぞやも履いていたラメ入りのダッドシューズと、いつもながらに小悪魔ギャル感が目に眩しい。

 もう見てるだけで好きになってしまう……。

 というか、距離感がおかしくないか。

 俺たち、こんなにベッタリするような関係だったっけ。


「は? あたしたち、もうキスまでしてるんだよ? 今さらこれくらいで何言ってんの?」


 俺の腕を胸に抱いたまま、深雪が睨み上げてくる。

 コイツ、相変わらずメンタル強いな。

 以前のようにホテルに連れ込まれそうになるまでは好きにさせておくか……。


「ね、今日は一緒に映画観たいんだけど、いいかな?」


 俺の腕を持って大きくブラブラと動かしながら、深雪が訊いてくる。

 構いませんとも。何処へでもおつきあいいたしましょう。


「それじゃまずは映画館に行こー!」


 深雪が元気よく言って、俺の手を引っ張っていく。

 はたから見たら間違いなくデートに向かうカップルに見えるだろう。

 そうさ、カップルかどうかはいったん置いておいて、間違いなくこれは楽しいデートだ。

 ただ、これから見る映画は間違いなくクソ映画だろうがな。


     ※


 なかなか強烈な二時間弱だった。

 俺たちが見た映画は『プールシャーク』というタイトルの映画だ。

 日本のレジャープールに何故かサメが現れて遊泳客たちを襲いまくるのだ。

 サメのCGはなかなか良い出来だったが、そこで予算を使い果たしたのか役者のレベルがとんでもなく低くて、見ていて怖気がするほどだった。

 とくに監視員がおとりとなってプールに飛び込むシーンなどは、役者の演技力の低さもそうだが、何より飛び込みの下手くそさに別の意味で笑いが込み上げてしまった。

 ちなみに深雪は内容に対して非常にご満悦のようだった。


「いやー、プール監視員のシーンは良かったね! あの飛び込み見た? めっちゃ腹打ちで痛そうだったよねー!」


 深雪はそう言いながらケラケラと笑っていた。

 どうやら深雪はそもそもこの映画をギャグかコメディと思って楽しんでいるらしい。

 いちおうパニックホラーもの……だよな?

 俺がこういうクソ映画の楽しみかたを知らないだけなのか?


「あ、ゴメン、あたしばっかり楽しんじゃって。やっぱりこういうときは恋愛映画とか見たほうがいいのかな?」


 慌てたように深雪が訊いてくる。

 いや、恋愛映画は恋愛映画で背中がムズ痒くなってきそうだが……。


「恋愛映画を見ながらさ、盛り上がってきたところで、周りにバレないようにこっそりキスとかしちゃったりして……そういうのも憧れるよね!」


 深雪がうっすらと頬を赤く染めながら、にんまりと俺の顔を見上げた。

 くそっ……何を言えば男のちんちんを震えさせられるか熟知してるとしか思えねえ……。


「ね、ちょっとゲーセンで遊んでこ! あたし、音ゲー得意なんだよ」


 そのまま深雪に引っ張られて、今度は渡り廊下をわたって映画館とは別の棟にあるゲームセンターに連れていかれた。

 実は俺も音ゲーにはそこそこ自信がある。

 といっても、なんでもできるというわけではなく、主にプレイしているのはサウンドトルネードとニュウリズムの二種類だ。

 深雪は何をメインにプレイしているのだろう。


「あ、ハルナちゃーん!」


 ゲームセンターにたどり着いたとき、深雪は誰か友達でも見つけたようだった。

 おお、めちゃくちゃ背の高い女の子だ。たぶん俺よりも高いと思う。

 何処か薄ぼんやりとした眠たげな目をしているが、顔だち自体は別格に整っている。

 いつぞやに見たサキちゃんとかいうモデルと比べても見劣りしないだろう。

 あと、思わず目を奪われてしまうほどに胸がデカい。

 胸の下で絞るタイプのワンピースを着ているせいか、余計にそれが協調されている。

 本人はあまり自覚がなさそうだが、近くを通りすぎる男たちは明らかに彼女のことをチラ見しているし、場合によっては通りすぎたあとに振り返って二度見している者もいる。


「ちょっとセッちゃん、デレデレしないでくれる? 今日はあたしとデートなんだよ?」


 深雪がわざわざ俺の顔に手を伸ばして頬を抓ってきた。スマンスマン。

 というか、こういう甘酸っぱい感じのやりとりってなんか良いよね。

 優那、浮気な彼氏で本当にスマン……。


「ハルナちゃんはね、この辺で一番うまいプレイヤーなんだよ。こうやってタイミングがあったら一緒に遊んでるの」


 ほう、例のサキちゃんのごとくモデルか何かがゲーセンでイベントでもしているのかと思ったが、単に深雪のゲーセン友達だったわけか。


「ウワキしちゃダメだよ? ハルナちゃんは彼氏いるんだから」


 しませんよ。というか、そもそもこの場合は浮気に該当するのか……?

 でも、そうか。これだけ美人なら彼氏くらいいるわな。


「まだ、彼氏じゃない……」


 ハルナちゃんがぼそりと呟いた。

 有紗とはまた別の無機質さを感じる口調だった。

 まあ、色々あるのだろう。

 なんにせよ、こんなとんでもないスタイルの美少女とつきあえるなんて、きっとスポーツ万能で学業も優秀な年上のイケメン先輩とかに違いない。


 それから俺たちはせっかくなので三人プレイできるニュウリズムで遊ぶことにした。

 深雪は音ゲーが得意と言うだけあって確かに上手だったが、それよりもハルナちゃんの腕前がもはや別次元だった。

 というか、ユーザーネームを見たらこの界隈では有名なトッププレイヤーだった。

 まさかこんな近くのゲーセンをホームにしていたとは。

 あとで普段どんな運指練習してるのか教えてもらおうかな……。


「ダメだよ! セッちゃんはハルナちゃんに話しかけちゃダメ! ちゃんとあたしがあとで聞いておいてあげるから!」


 何故かものすごい勢いで深雪にブロックされてしまった。

 ひょっとしなくても、これはヤキモチを妬かれているのだろうか。

 くそっ……いちいち可愛すぎるぜ!

 いやでも、俺にはそもそも優那という彼女が……。


「そ、そうだよ! これは別にあたしのためじゃなくて、ユナちゃんのためだから!」


 な、なるほど。優那のためにガードしてくれているわけね。

 

「あ、あ、でも、あたしは別だからね? あたしは、と、特別だから!」


 実に薄っぺらいガードである。でも、可愛いから許す!

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