第二一話 お見舞い品といえば

 俺たちは目的の13階で降りると、塚本家の部屋に向かった。

 改めてチャイムを押すと、すぐにパジャマ姿の深雪がドアを開けてくれた。


「いらっしゃーい! なんかゴメンね!」


 思っていたよりもずっと元気そうだ。

 深雪が着ているパジャマはボーダー柄の可愛らしいデザインで、タオル生地なのか全体的にモコモコしている。

 着心地も触り心地も良さそうだ――と思っていると、いきなり優那が飛びついた。


「深雪さん、可愛らしいですわぁ! 何処のブランドの商品ですの!?」

「わわわ、ユナちゃん、ジェラピケだけど、そんなにくっつくと感染っちゃうよ!」


 見目麗しい女子二人が玄関先で抱き合っておる。

 とりあえず、ティッシュの準備をしておくか。


「くっ……尊いです……っ!」


 ほらな。とりあえず、人様の家の玄関を鼻血で汚さないようにせねば……。

 いや、俺が使うつもりだったわけじゃないからな?

 

「と、とりあえず中に入ろ? お茶入れるよ! あ、麦茶しかないけど!」


 深雪がワタワタと中に戻っていく。

 俺たちは言われるままに玄関で靴を脱ぐと、中に上がらせてもらった。

 入ってすぐのところにインテリアを兼ねているらしい大型のデフューザーが置いてあって、塚本邸は玄関の時点ですでにちょっと良い匂いがする。

 リビングへの扉の手前に別の部屋に続くらしい扉があり、どうやらその先が深雪の部屋であるようだ。

 ひとまずそちらは通りすぎて、俺たちはリビングのほうに向かう。


「好きなところに座ってね!」


 アイランド型のキッチンの中から深雪がそう言った。

 リビングは想像以上に広く、キッチンの対面には食卓と思われるテーブルがあり、壁には真っ白な食器棚と調度品が飾られたショーケースが設えられている。

 天井からは大きな木の実みたいなオシャレな照明が下げられていて、壁に直接設置されたテレビは何インチのものなのか想像もつかないほど大きい。

 テレビの前には五人掛け以上は確実だろう巨大なL型のソファと正方形のローテーブルが置かれており、その上にはお茶菓子の入ったバスケットが置かれていた。

 深雪、絶対に金持ちの子ですやん……。


「セイさまの家より立派ですね」


 遠慮なくソファに腰を下ろしながら、有紗が言う。

 まあ、我が家は綾小路グループが管理する物件とはいえ、マンション自体はファミリー向けのごく一般的な3LDKですから……。


「深雪さん、これはわたくしたちからのお見舞いの品ですわ!」


 優那が深雪に持ってきたフルーツの盛り合わせを手渡している。

 ちなみに体調不良のお見舞い品としてフルーツの盛り合わせが定番になっているのは何故かというと、旬のフルーツは栄養価が高く消化吸収にも良いからであるらしい。

 また一つ賢くなってしまった。


「わたしのおかげですね」


 うむ。意外にもこの知識を教えてくれたのは有紗であった。

 有紗にエロ以外の知識を教わる貴重な経験だった。


「ちなみにお見舞い品のフルーツとしてはメロンが定番ですが、メロンに含まれるシトルリンという成分には血管を拡張して陰茎の勃起を促進する効果が認められています」


 いや、無理にエロに結びつけていただかなくても結構ですので。


「ありがとう! 嬉しい! わお、スイカもあるじゃん!」


 そんな俺たちのやりとりはさておき、深雪は単純に喜んでくれているようだ。


「はい。スイカにはとくに豊富なシトルリンが……」

「スイカには風邪に有効な効果がたくさんありますのよ! これを食べて明日からまた元気に学校に来てくださいませね!」


 珍しく有紗が優那に話を遮られている。

 まあ、シトルリンがどうのと言ったところで、深雪におちんちんはないからな……。


「いえ、セイさまはご存じないかもしれませんが、女性にもしっかりと勃起する場所が」


 いや、言わなくていいから! それは別に必要な情報ではないから!


「さっそく食べちゃう? あたし、切ろうか?」


 深雪が麦茶の入ったグラスをお盆に乗せてローテーブルのほうまで持ってきてくれた。

 見舞いに来たはずの俺たちがすっかりゲスト扱いである。

 これでは本末転倒だ。フルーツを切るくらいは俺たちで手伝えないものか……。


「そうですね。食器の場所さえ教えていただければ、わたしのほうで簡単なカットフルーツの盛り合わせでもご用意いたしますが」


 有紗がすっくと立ち上がる。

 ようやく侍女らしいことをする気になったらしい。


「わたくしもお手伝いいたしますわ。深雪さんはまだ病み上がりの身なんですから、ゆっくりお休みなさっていてくださいな」


 優那が後ろから深雪の肩を押して無理やりソファに座らせている。

 俺も食器を出すくらいの手伝いはしようかな……。


「深雪さま、こちらの包丁とまな板をお借りしてもよろしいですか?」

「うん! 好きなの使って! ありがとう! なんか気を遣わせちゃってゴメンね」

「いいんですのよ。その代わり、わたくしたちが風邪を引いたら、今度は深雪さんがお見舞いにきていただけますか?」

「もちろんだよ! ちゃんとお見舞いも持っていくね!」


 深雪が笑顔で答え、それを見て優那も嬉しそうにニッコリと笑った。

 俺や有紗にもあまり見せることのない、とても良い笑顔だった。

 フルーツの皮を剥きはじめた有紗が鼻血を噴出しているから間違いない。

 頼むからキッチンを鼻血で汚さないようにだけは気をつけてくれ。


「それじゃ、二人がフルーツの準備をしてる間に、ちょっとセッちゃんにお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」


 不意に深雪が、こちらを様子を伺うようにそんな申し出をしてくる。

 俺にできることであれば遠慮なく言ってくれて構わないが、いったいなんだろう。


「実は、ちょうどセッちゃんじゃないと頼めないことがあってさ」


 深雪がソファから立ち上がり、俺の手を取ってリビングの入口まで引っ張っていく。


「ね、ちょっと一緒に来てもらってもいい?」


 まるで何かをねだるように上目遣いでこちらを見上げながら訊いてきた。

 KAWAII……!

 ジェラピケのしましまモコモコパジャマを着た小悪魔系ギャルにこんな仕草でお願いされたら断れるわけないだろうが!

 まあ、正直なところ、嫌な予感がしないわけではないが……。


「じゃ、ついてきて……」


 そのまま俺は、リビングを出て深雪の部屋へと連れていかれた。

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