第二◯話 あの夏の日

 明けて火曜日、深雪が学校を休んだ。

 スマホでメッセージを送ってみると、昨日は大丈夫だったが今日は朝から微熱があったので大事をとって休んだとのことだった。

 そして、そのことを伝えたあとの優那の反応は実に早かった。


「お見舞いに参りましょう!」


 まあ、そう言うだろうと思っていましたよ。

 というわけで、俺たちは一度自宅に戻って見舞いの品を調達すると、いつもの三人で深雪の自宅にお見舞いに行くこととなった。


     ※


 深雪の家は灘居なだい公園の近くにある県道沿いのマンションで、俺たちが住んでいる北田野辺きたたのべの端っこからだと自転車でもそれなりの時間がかかる。

 綾小路の家から車を出してもらえばいいのではないかと提案したのだが、それでは『普通のお見舞い』にならないということで却下された。

 あと、おそらくはこれが本当の理由なのだろうが、優那は自分の電動自転車ではなく俺の自転車の後ろに乗ることを所望した。

 要は青春モノの定番であるニケツをしたかったのだろう。


「むふー。まさかこんな形で夢が一つ叶うとは思いませんでしたわ」


 自転車に乗っている最中、優那はご満悦とばかりにずっと俺の背中にその体を押しつけていた。

 俺の背中で潰れる胸の感触に御珍棒さまの苛立ちを抑えられないぜ……。


「あとは流れるようにセックスさえできれば最高なのですが……」


 俺の背中に顔を押しつけたまま、優那がモゴモゴと呟いている。

 いや、本来の目的を忘れんでくれな。


「分かっておりますわ。深雪さん、体調悪化されてないと良いのですけれど」


 あまり話を引っ張ってこないあたり、いちおう本気で心配してはいるらしい。


「深雪さまのご両親はお仕事でいらっしゃらないのでしたね」


 ロードバイクで並走する有紗が言った。

 彼女が乗るロードバイクはチェレステカラーで有名なイタリア製のものだ。

 エントリーモデルなので本格的なロードバイクとして見れば価格はそこまで高くないが、それでも女子高生が乗るものとしてはなかなか高価なものである。

 というか、制服でロードバイクを漕ぐ女子ってなんでこんなに可愛く見えるんだろうな?

 やっぱり尻を突き出すフォームが男心に刺さるんだろうか……。


「申し訳ございません。どうせならもう少しスカートを短くしておくべきでした」


 くっ……いや、これ以上は御珍棒さまの怒りを買うので、大丈夫です。


「深雪さまの家にご両親が不在であるということは、万が一が起こってもなんの問題もないということです。おちんちんの赴くままに自らを開放していきましょう」


 これ幸いみたいな感じで言うな。


 ——と、そんなたわいのないやりとりをしているうちに俺たちは深雪の住むマンションの前までたどり着いた。

 マンションはまだ真新しい感じのする外観をしており、入口の壁面に埋め込まれた定礎石によると築五年ほどであるらしい。

 塚本家の経済状況についてはこれまでとくに話題に上がらなかったので知らないが、意外と裕福な家庭なのかもしれない。


 エントランスのインターホンで深雪の住む部屋の番号を呼び出すと、スピーカー越しに深雪の声が聞こえてきた。


『いらっしゃい! わざわざゴメンね! 今、開けるから!』


 声だけ聞く分にはもうすっかり元気そうだ。

 オートロックの自動ドアを抜けて、俺たちはエレベーターに乗って13階にある塚本家の部屋へと向かう。

 エレベーターの中も無駄に広くて綺麗だ。なにやらアロマのような良い香りもする。

 階層表示を見ると最上階は20階となっており、どうやらここは俗に言うタワマンというやつらしい。

 これはマジで塚本家資産家説が現実味を帯びてきたな。


「わたしく、お友達の家に遊びに行くなんて初めてですわ!」


 エレベーターの中で、優那がキラキラとその瞳を輝かせていた。

 そうか。確かに優那にとってはこういう経験自体がすべて初めての体験なのか。

 まあ、俺にとってもかなり久々の経験だ。

 中学生になってからは、学校の外で友達と遊ぶことなどほとんどなかった気がする。


「最近になって気づいたのですが、わたしにも友達と呼べる人物が一人もいませんでした」


 唐突に、優那がそんなカミングアウトをしてきた。

 幼馴染の俺がこんなことを言うのもなんだが、確かに友達のできなさそうなキャラクターではある。


「まあ、わたしにはセイさまのおちんちんさえあれば他には何も必要ありませんが」


 そこはせめて優那も必要としてやれよ。


「うっかりしておりました。お嬢さまもわたしの人生にとっては必要不可欠でございます」


 急に薄っぺらくなってきたな。


「良いのです! それでこそわたくしの侍女ですわ!」


 優那はにこやかに右手でサムズアップをしている。

 まあ、本人が気にしてないなら別に良いんですけど……。

 というか、さすがに小学生のころくらいは友達が欲しかったりせんものかね。


「必要ありませんでした。わたしは小学生のころよりセイさまのおちんちんに狙いを定めておりましたので」


 いや、早くね?


「あれは小学生二年生の夏の日……」


 語らんでいい語らんでいい。

 というか、小学二年生の夏って、確か――。


「わたしとセイさまが熱いベーゼを交わし合ったあの日ですね」


 そうだ。有紗にめちゃくちゃ唐突にファーストキスを奪われたのがそれくらいだった。

 あれは性の目覚めだったのか……。


「お、おませさんだったんですのね」


 おいおい、優那ですらちょっと引いてるじゃないか。

 感覚が麻痺していたが、やっぱり有紗はちょっと別格なんだな。


「お褒めいただき光栄の至りです」


 いや、褒めてはいないよ?

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