第十七話 燻る火種
月曜日である。
土日ですっかり休日を満喫してしまったので、登校そのものが辛い。
俺はまだ少し寝ぼけた頭を抱えながら1-6の教室に入ると、入口から入ってすぐの自分の机にひとまず荷物を置いて――。
そして、いつもと少し違う光景に気がついた。
隣の優那の机に、マジックか何かで文字が書かれている。
『ウザい 消えろ かんちがいビッチ』
おいおい、小学生のイジメか……?
『勘違い』を漢字で書けてないあたりが少し笑いを誘うな。
油性マジックか何かで書かれているのだろうか。
まあ、こんなものはアルコール製剤さえあれば簡単に拭き取ってしまえる。
俺は鞄の中からリセッチュを取り出すと、落書きの上にチュチュッと噴霧してウェットティッシュで綺麗に拭き取ってやった。
少し前の深雪とのデートでの経験から、念のために鞄に入れておいたのが役に立った。
「そんなのほっとけばいいじゃん。あんた、ほんとに下僕なわけ?」
――と、窓側のほうから声がする。
振り返ると、オレンジ色っぽい髪をした化粧の濃い女子生徒が俺を見ていた。
確か、
取り巻きと思しき二人の女子と一緒に、ニヤニヤと品のない笑みを浮かべている。
「おまえらがやったのか?」
俺が訊くと、柳川はニヤついた顔のまま肩をすくめた。
「別に誰がやったっていいじゃん。お嬢さま風ふかして、みんなウザがってるよ?」
「みんなって誰だ? 勝手に主語をでかくするなよ」
言いながら教室内をぐるりと見回すと、俺たちのやりとりを傍観していた他の生徒たちがビクッとしながら一様に目をそらした。
まあ、クラスメイトに牽制くらいはしておくべきだろう。
犯人は十中八九この女だろうが、おまえらもこんなのに関わったら
「あんた、ほんとに下僕根性が染みついてんじゃない? 正直、キモイよ」
「好きに思えばいいだろ。こんなガキみたいなことやってるやつよりはマシだ」
俺はどうやら柳川に相当舐められているらしく、この女は反論されたことに対してひどくプライドを傷つけられているようだった。
まあ、穂村先生にも一見するとモブっぽいと言われていたので、日頃からの優那とのやりとりも踏まえてクラスメイトからは地味な下僕系男子と思われているのかもしれない。
「……なにをしているの?」
遅れて教室に入ってきた優那が、いつものゴミを見るような目で俺に声をかけてきた。
その後ろには有紗が控えていたが、俺の手にリセッチュと汚れたウェットティッシュが握られていることに気づいたようで、何やら目くばせのようなものをしてきている。
「なんでもない、です」
ここはいちおう下僕らしく敬語で応じ、俺はそそくさと自分の席に戻った。
優那は訝しそうに俺を見やり、それから背後の有紗に言う。
「この者の手垢がついていたら不快だわ。有紗、綺麗に拭き取っていただけるかしら?」
「かしこまりました」
有紗が自分の鞄からウェットティッシュを出し、改めて優那の机を拭きなおした。
ここまで徹底されると逆にときめいてしまうぜ……。
「何かあったのですか」
机を拭きながら、優那には聞こえないようにごくごく小さな声で有紗が訊いてくる。
俺はポケットからスマホを取り出し、メッセージを送った。
『優那を標的にしているやつがいる。優那にはまだ何も言うな』
「おっはよー! ……ぶぇくしゅっ!」
――と、密かに緊迫する俺たちの空気をぶち壊すように、今度は深雪が姿を見せた。
いきなり派手にくしゃみをしているのは、昨日の河原遊びで体を冷やしたからだろう。
あのあと、けっきょくテンションが上がりすぎてみんな水浸しになるまで水遊びに興じてしまった。
もちろん、帰る前にしっかり体を拭いて服も着替えたのだが、下着の替えまではどうしようもなかったので、そのあたりで今日の体調に差が出てしまったのかもしれない。
「あ、ユナちゃん! 昨日はデイキャンプすっごい楽しかったね! 誘ってくれてありがと! ねえ、良かったら今日は一緒にお弁当食べない?」
席に座る優那の姿を見るなり、深雪が元気よく話しかけている。
この土日ですっかり友情も深まったらしい。
だが、そんな深雪の顔を見返す優那の目は驚くほどに冷ややかだ。
「気安く話しかけないでいただけますか? 朝からそんなに大きな声で話しかけられたら不愉快で仕方がないわ」
「えっ……?」
深雪が驚愕に目を見開き、少し涙目になりながら救いを求めるように俺のほうを見る。
俺はじっとその目を正面から見つめ返し、ゆっくりと頷いた。
これがクラシックスタイルのツンデレです。
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