第十一話 歌わせてあげましょう
「最後にカラオケに参りましょう」
MIUでの用事は一通り片づいたようで、ビルを出て歩道橋に戻ったところで今度は有紗がそんな提案をしてきた。
カラオケか。最後に行ったのは中学校の送別会のときだったかな。
普段の感じからは想像もつかないが、こう見えて有紗はかなり歌が上手いので、聞き手に回っているだけでもそれなりに楽しめる。
「え? 歌いませんよ?」
なんだと? では、なにゆえカラオケなんぞに行こうと言ったのか。
「部屋の外から見えない位置でエッチなことをしようかと」
めっちゃストレートだな。せめてもう少し包み隠せ。
「包み隠せばしていただけるのですか?」
いや、しないが……。
「とりあえず、まずはカラオケに参りましょう」
やめろ、引っ張るな。歌わないのならカラオケに行く必要はないだろうが。
「ホテルのほうがよろしいですか?」
いや、とりあえず、エッチなことから離れませんか。
「それはわたしの存在を否定することと同義なのですが……」
そ、そこまで……?
「別にお嬢さまを差し置いて抜け駆けをしようというわけではありません。あくまでオーラルセックスにとどめておく予定です」
いや、それならオッケーという話ではないんよ……。
「では、どうすれば良いというのですかっ!?」
うおっ!? いきなりキレた!?
「煮え切らないおちんちんですね……」
有紗があからさまにイライラとしはじめた。ヤベえ女だな。
「あれ、あんたたち……」
――と、不意に俺たちに声をかけてくる者がいた。
声のしたほうを振り返ると、なんの偶然か深雪がこちらに歩いてくるところだった。
今日は黒のスウェットシャツにベージュのショートサロペットという恰好で、首に巻いたチョーカーとラメでデコられたダッドシューズがギャル感を演出していてなかなかに可愛らしい。
「セッちゃん……どういうこと?」
しかし、そんな俺のときめきは余所に、こちらを見る深雪の顔は
というか、深雪の中で今の俺はどういう状況なのだろうか。
いちおう優那との交際については伝えているが、信用はされていなかったはずだ。
つまり、まだ深雪の中では俺はフリーということになっているのか……?
「わたしたちは、今まさにデートの真っ最中です」
俺の反応を待たずに有紗が答える。
おい、ややこしくなるから余計なことを言うな。
「で、デート? セッちゃん、まさかとは思うけど、神楽坂さんと……?」
いやいや、確かにデートではあるんだが、別に俺と有紗は……。
「塚本さま、ご安心ください。わたしたちは別に交際をしているわけではありません。ただの将来が約束された幼馴染というだけです」
おい、わざとか? いちいち余計な一言を添えているのはわざとなのか?
「もしかして、この前は綾小路さんとつきあってるなんて言ってごまかしてたけど、本当はずっと前から神楽坂さんとつきあってたってコト……?」
深雪が怒りとも悲しみともつかない表情で瞳を潤ませはじめる。
ち、違うんだ。いや、つきあっている相手がいること自体は違わないが、少なくとも俺が実際につきあっているのは有紗ではなく……。
「この際ですから、わたしたちも正式に交際いたしましょうか」
いや、これ以上、話をややこしくするなって。
というか、そんなもののついでみたいにさ……。
「お嬢さまはとくに気にされないと思われますが」
そういう問題じゃないんです。俺の気持ちの問題です。
「うっ……うっ……セッちゃんがこんなスケコマシだとは思わなかった……」
待て待て……。
深雪がその場でメソメソと泣き出してしまい、俺は思わず駆け寄ってその小さな頭をナデナデしてしまう。
こんなことを恋人でもない女子にするのはドン引き案件であることくらい百も承知だが、妙に保護欲をそそらせる深雪の側にも多少の問題はある。
というか、色々と語弊もあるが、まず大前提として今どきスケコマシとか言わんだろ……。
「ううう……同情するならあたしともエッチなことしてよぉ……」
なに言ってんだコイツ。そもそも誰ともしてねえ。
「そうですね。せっかくですから塚本さまも一緒に参られますか」
なにがせっかくなのかはさっぱり分からないが、唐突に有紗が同行を提案してくる。
「一緒に……? ホテルで3Pってこと……?」
この女、いちおうここが公衆の面前だって分かってんのか……?
「まだ一線を越えるわけには参りません。カラオケでセイさまに良い声で歌わせてあげましょう」
「……なんかよく分かんないけど、あたしも一緒に行く」
深雪がぐずぐずと鼻を啜りながら、俺の服の裾を抓んで言った。くそ、可愛いぜ。
まあ、さすがに深雪もカラオケで一線を越えてこようとはしないだろう。
それに、このまま有紗と二人っきりで行くよりはいくらか安全かもしれない。
とりあえず、俺たちは三人でカラオケに行くことにした。
いや、安全……だよな?
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