第十話 堪能しています
「買い物の次はカフェに行きましょう」
有紗に促されて、次に俺たちはスターパックスコーヒーというカフェに向かった。
こんなリア充しか訪れそうにないところに連れてこられるなんて、いよいよデートっぽくなってきやがったぜ……。
「期間限定のフラッペチーノを買って一緒にシェアしましょう」
おいおい、そんなことが俺のような平凡な男子高校生に許されていいのか?
まあ、滅多にあることではないし、ここは流れに身を任せるべきか。
いやしかし、ただの幼馴染とはいえ、こんなリア充向けのカフェで女子とフラッペチーノをシェアだなんて……。
「ただの、ではありません。将来、結ばれることが約束された幼馴染です」
あれ? そんな設定だったっけ?
「ご存じなかったのですか?」
知らん知らん。
そもそも俺には優那という彼女がだな……。
「わたしは優那さま専属の侍女ですから、当然、わたしもセットでついてくることは確定的に明らかです」
そんな前時代的な……コンプラ的にどうかと思いますよ。
「最終的には本人の意思が優先されるべきだと思います」
そのわりに、俺の意思は無視され続けているのだが。
「セイさまはわたしがセットでついてくることがご不満ですか?」
いや、むぐぐぐ……とにかく、まずはフラッペチーノとやらを買おうではないか。
「はい。では、わたしが買って参りますので、こちらでお待ちください」
そう言って、有紗がカウンターの列に並びに行く。
俺も一緒に並ぼうかと思ったが、店内のシャレオツな雰囲気に
うっかり『お連れさまはどうなさいますか?』などと聞かれたりしたらキョドッてしまうこと請け合いである。ここは大人しく有紗に任せておくことにしよう。
あんな呪文のような注文方法、俺のような平凡な男子高生には難易度が高すぎる。
「限定のフラッペチーノをくださいと言えば問題なく通じますよ」
有紗が戻ってきた。そうなのか。まあ、フラッペチーノは単体の商品だものな。
「スターパックスストロベリーフラッペチーノエキストラホイップクリームとバナナブリュレフラッペチーノエキストラホイップクリームアーモンドシロップ追加を注文しました」
ダメダメ。やっぱり行かなくて良かった。
「どうぞ。先にお召し上がりください」
どうもありがとう。代金はあとで払います。
俺は有紗からイチゴとクリームがまだら模様みたいになったカップを受け取り、ストローに口をつける。
甘酸っぱく芳醇な果実の風味とクリームの甘さが口の中に広がり、幸せな気分になった。
「美味しいですか?」
うむ。美味である。濃厚な苺ミルクのかき氷を食べているような感じだ。
――と、そこで気づいた。
よく見ると、有紗が飲んでいるフラッペチーノは俺のものと色が異なっている。
俺のものは赤と白のまだら色だが、有紗が口をつけているものは黄色と白のまだら色で、ホイップクリームの上にキャラメルソースのようなものがかかっていた。
呪文が長すぎて脳が理解を拒んでいたが、どうやら二種類のフラッペチーノを注文していたらしい。
「はい。こちらはバナナブリュレ味です。交換しましょう」
なるほど、そういえばそんな単語も混じっていたな。
――って、もう口つけちゃってるんだけど、交換するんですか?
確かにシェアとは言っていたが……。
「まさか、恥ずかしがっているのですか? わたしたち、ただの幼馴染ですよ?」
こ、この女、さっきと言ってることが違いませんかね……。
「こんなことで恥ずかしがられては、わたしを意識していると判断せざるをえませんね」
ぐぬぬ、そこまで言うなら交換してやろうじゃないか。
「どうぞ、お召し上がりください」
うむ……おお、こちらも美味いな。
バナナの持つ優しい甘みとカラメルのほろ苦さがよくマッチしておる。
それに、何やらカリカリしたチップの食感が楽しい。何処となくアーモンドの風味も感じるな。
総じてなかなか奥深い味わいをしている。
「わたしの唾液もたっぷりと注ぎ込んでおります」
ぶふっ!? ま、マジで言ってんのか!?
「はい。わたしの遺伝子を感じていただけましたか?」
か、感じるわけないだろ! わけの分からんことを言うな!
「とりあえず、バナナブリュレ味のほうが美味しかったので返してください」
ま、待て、俺もちょっと吹き戻しちゃったから……あああ、奪われてしまった。
「んんん……美味です。セイさまの遺伝子を感じます」
ものすごい勢いで吸い上げている……。
というか、執拗にストローをねぶるのをやめろ。
「セイさまの遺伝子を堪能しているのです。妊娠してしまいそうです」
唾液で妊娠してたまるか。
というか、澄ました顔で変態的な行為をするんじゃない。
「セイさまは飲まれないのですか?」
ストローに口をつけたまま、有紗が俺の手許を見やる。
俺の手の中には有紗に押しつけられたイチゴのフラッペチーノがあるわけだが……。
有紗は何か期待するような目でこちらを見ている。
こっちもたぶんしっかり唾液を入れられているんだろうなぁ……。
くそ、こうなったらヤケだ! ガッツリ飲み切ってやる!
「おお、なかなか男気を感じる飲みっぷりです」
感心されてしまった。
ふっふ、俺をただ翻弄されるだけの無様な男だとは思わないでいただこう。
「いかがですか? 妊娠しそうですか?」
いや、何がどうあっても俺は妊娠せんだろ。
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