第九話 不可抗力ですので
朝食後、有紗が準備のために綾小路邸に戻るというので、俺は適当に時間を潰してから少し早めに待ち合わせ場所に向かった。
指定された電光掲示板前にはまだ待ち合わせ時刻の三十分前だというのに有紗の姿があって、俺を発見するなり恭しくお辞儀をしてくる。
「お早いですね」
「そっちこそ」
「このやり取りをするために早めに来ておりました」
マジかよ。俺が五分前とかに来たらどうするつもりだったんだ。
「そんなことはありえません。セイさまは女性を待たせるような不躾な真似をされるお方ではありませんから」
なんだか妙なところで信頼されておる。
しかし、デートということだからかもしれないが、此度の有紗の格好はなかなかに気合の入った恰好をしていた。
当然、服装もいつもの侍女服などではなく、今はオフショルダーの白いニットにスキニージーンズという外行きのスタイルである。
ポニーテールはいつもと変わらないが、毛先を巻いてゆるふわな感じに仕上げているし、しっかりとメイクもしている。
しかも、その胸許に光るのは、大昔に俺が気まぐれでプレゼントしたネックレスだった。
二千円程度の安物だが、これ見よがしに身につけているあたり、デートがなんたるかを理解している証拠である。
あと、なにか香水でもつけているのだろう。風に乗って花のような良い香りがした。
くそっ……油断していたら好きになってしまいそうだぜ……!
「どうですか? さっそくホテルにしけ込みたくなりましたか?」
——否! 俺には優那に
「まあいいでしょう。わたしもお嬢さまを差し置いてセイさまの童貞をむしゃぶり尽くそうなどとは考えておりません」
そうか。それは安心した。
でも、公衆の面前でそういうことを言うのはやめような。
「それでは、さっそく買い物に参りましょう」
そういえば、ざっくりデートとは言われたが、何処に連れて行かれるというのだろうか。
「MIUで欲しいものがあるので、つきあってください」
なるほど。服でも見るのかな。
MIUというのは、この近くにあるファッションビルのことだ。
有紗にはこれまでにも何度かこういった買い物につき合わされたことがあった。
大抵はコスメやアクセを見たり、中高生向けのセレクトショップのアパレルをウィンドウショッピングしたりだが、はたして、今日は何処につき合わされるのか……。
「ここです」
ほう、ここは——ランジェリーショップ……だと?
おいおい、この展開はすでに何処かで見たことある気がするんだが……。
「なんの話でしょう?」
いや、こっちの話です。
というか、なんでまた下着屋さんなんだ?
「わたしも花の女子高生ですから、そろそろ勝負下着を買おうかと思いまして」
勝負下着ですか。
いったい誰に見せるものなんですかね――。
「セイさま、そういう無自覚鈍感主人公ムーブは嫌われますよ」
誰に!? 誰に嫌われるの!?
「敢えて誰とは申し上げませんが……とにかく、セイさまに選んでいただきたいのです」
いや、こういうのって俺が選ぶのは本末転倒じゃないか?
「セイさまの好みに合わせる以上の最適解がありますか?」
好きなのをはけばいいと思うけどな。
「では、初夜の際にわたしがクマちゃんパンツをはいていても構わないと?」
むう、それは確かにおちんちんがシュンとなってしまうかもしれん。
「でしょう? であれば、セイさまも協力すべきだと思います」
というか、さっきから俺がおまえを抱く前提で話が進んでないか。
「抱かないのですか?」
え? いや、その……これってどう答えるのが正解なんだ!?
「見てください。これなんてなかなかセクシーです」
有紗が棚にかかっている純白のガーターベルトを手に取って見せてくる。
確かに有紗にはガーターベルトが似合いそうなイメージがあるな。
「なかなかにエッチですね」
侍女という立場がそういったイメージを想起させるのかもしれない。
「ご希望とあらば、いつでもご奉仕させていただきますので」
ありがとう。とりあえず、舌を出しながら手をシコシコ動かすその仕草をやめろ。
「試着をしてきます。少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか」
どうぞ、お構いなく。
店員に声をかけて試着室に入っていく有紗を見送りながら、俺はぼんやりと女性用の下着を眺めていた。
こういうところは逆にアワアワしていたほうが怪しいのだ。
どっしり構えていれば、『ああ、誰かのプレゼントを探しているのかな』とか『彼女さんの試着待ちかな』とか勝手に好意的な解釈をしてもらえるはずだ。
――と、不意にポケットでスマホが震えだした。
画面を確認してみると、有紗から電話がかかってきていた。
「どうかしたか?」
「大変なことになってしまいました。助けていただけませんか」
は? 試着室の中に入れってことか?
「大丈夫です。もう服は着ておりますので」
まあ、それなら大丈夫か……?
服を着た上で何がどう大変なのかは分からないが、助けを求められてる以上、無視をするわけにもいかないだろう。
とはいえ、おもむろに試着室のカーテンを空けるのはかなり勇気がいるので、いちおう周りに人の目がないか確認して……よし、今ならいけるか。
――と、カーテンの縁に手をかけた瞬間、中から手が伸びてきて引きずり込まれた。
「騙されましたね、セイさま」
中には上下ともに下着姿の有紗がいた。
フリルつきのブラジャーに包まれた胸はたわわに実り、純白のショーツから伸びる太腿とガーターでつながれたサイハイストッキングが絶妙な絶対領域を描き出している。
くそっ、話が違うぞ! というか、ショーツの試着はNGなのでは……!?
「実はすでに購入済みです。どうです、エッチな気分になりませんか?」
くっ、意外と胸がデカいな……いつの間にここまでの成長を……。
「セイさまのココもなかなかご立派になられておられますよ……」
有紗が俺にしなだれかかりながら甘い吐息を吹きかけてくる。
その手の片方は俺の胸許におかれ、もう片方は太腿を艶めかしく撫で上げていた。
や、やめろ! 試着室はそういうことをする場所じゃありません!
というか、優那の手前、抜け駆けはしないんじゃなかったのか……?
「セイさまから襲われる分には、不可抗力ですので」
有紗が俺の手を取り、自分の胸に触れさせてくる。
ひ、ひょえええ! めちゃくちゃ柔らかくて掌に吸いついてくるよぉ!
「どうですか? 不可抗力したくなってきましたか?」
ぐぬぬぬ、このままでは御珍棒さまが怒髪天してしまう! 脱出だ!
「あっ! ……もう、意気地のないお方ですね」
なんとでも言うがいい。
というか、出てきたところ、誰かに見られていないよな……?
俺は冷汗をかきながらランジェリーショップを出ると、もうスマホが鳴ろうが何をしようが有紗が出てくるまで外で待つことにした。
「なるほど、セイさまは、いざ攻めるとなるとなかなかに強敵ですね」
購入した下着の紙袋を提げながら出てきた有紗の顔は、珍しく不機嫌な顔をしていた。
こう見えてもしっかり操は立てる男なのだ。甘く見ないでほしいぜ!
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