scene2 図書室での出会い

 学校の図書室。

 一人の男子生徒がペンを走らせて勉強している他に、人の気配はない。そこにギターケースを抱えた女子生徒が入ってきた。


「ガラガラドーン! と、と、と、図書室ぅ〜静かにしないと〜いけないのに〜一人だから騒いじゃうあ〜た〜し〜」

「ランラランラランラっと、この本の元あった場所はどこだろうなあ〜……まあいっか適当で――ってうわぁ?! 人いる?! なんで?! 誰?!」


「……確か隣のクラスの羽田さんだよね。なにしてるの?」


「こっちのセリフなんだけど?! きみこそなにして……あ、勉強か。いやでも今日創立記念日で部活も委員もないよね? なんでいるの?」


「休み明けに出すプリントを学校に忘れてたから取りに来てた。それで誰もいないし静かだったから、勉強してる」


「すごいことしてんねえ……。あ、ちなみにあたしは本期限内に返し忘れてたから……ほら、委員の人がいると小言言われるじゃん? だから誰もいない今日を狙ってこっそり返そうかなと思って。誰もいないと思ってめちゃくちゃ油断してた。恥ずいわ」


「鍵開いてたでしょ」


「いやそこまで頭が回らなくて……。っとごめんね勉強の邪魔しちゃってえっと名前なんだっけ……あたしがA組だからB組の〜あ、ノートに名前書いてある。ほんほん、なるほど。じゃあお邪魔しましたあ」


「……あ、待って」


「ん、なに?」


「本の返却なら入口の机のところにあるバーコードリで読み取らないと、返却したことにならないから。本の裏にバーコードが貼ってあるから」


「あ、そっかそっか。えーっと、あ、これか。ピッと。じゃあありがとねー勉強頑張って〜」


 図書室から羽田が出ていき、またゲンが勉強を始める。

 すると大きい足音と共に、勢いよく扉が開いて羽田が図書室に入ってきた。


「――そうだ、きみ! ロックバンドのライブに興味ない?」


「ないよ」


 ゲンは勉強を続ける。


「いやいや、話終わっちゃうじゃん!!」


「だってないからね。音楽は聞かないよ。お笑いはたまに見るけど」


「え、意外。じゃなくてさ、あたし見ての通りバンドやってるんだよね。いろはに宙返りってバンド名なんだけど」


「ああ、そういえば背負ってるね。ギター」


「そうだよ。まあ、ギターじゃなくてベースだけどね」


「……なにが違うの」


「えっ、きみそこからあ?」


「どこかもわからない。少しだけ見たことあるけど見た目が一緒だから、雰囲気で呼び方わけてるのかなって」


「いやんなわけあるかい。意外と面白いこと言うね……そういやお笑いは見るんだっけか。ベースはね、弦……ってわかる? きみの名前じゃないよ。まあ貼られてる糸みたいなものなんだけど、それの数と太さが違うんだよ。それで、でる音も違う。まあ〜わかりやすくいうと、ベースの方がギターより低い音が出るんだ。で、それでなにが起こるかというと、音楽が膨らむんだよね。こう、ボーンって感じの音楽が、ボ〜ヨワァ〜ンって感じに。面白いものになるんだよ。そりゃギターとドラムだけでも作ろうと思えば曲は作れるんだけどさ、でもベースがあるのとないのとじゃあ――ってあ……喋りすぎてた……えっと、ここまでわかる?」


「いや、よくわからなかった。でも羽田さんがベースがすごい好きなのは伝わった。良かったよ」


「うーん、まあじゃあ、いいか。ご清聴ありがとっ」

「でそれでなんだけど、あたし学校外でバンド組んでライブハウスでライブをやるんだけど、チケットが売れなくて、良かったら買わないかなあ……っていう」


「そう言われてもな……。さっきも言ったように僕は音楽聴かないから」


「そっかあ、残念。無理言ってごめんね」


「……あー、でもそういやこの前さ、僕はもっと趣味を持った方がいいって言われたんだ」


「あー、ほんとにお笑いぐらいなの?」


「お笑いも年に2、3回ぐらいだから」


「特別好きでもないあたしですらそれぐらいは何となく見るよ。じゃあほんとに無趣味じゃん」


「うん。で、なんでも人生には趣味が必要らしくてそういう自分にとっての癒しがないと人生が粉々に砕けちゃうらしい。だから僕もそういうのを持った方がいいって」


「誰に言われたのそんなこと」


「同じクラスの中谷」


「あー、あのアニメグッズいっぱい持ってるって言ってた。仲良いんだ」


「ちょっと喋る。僕は結構色んな人とちょっと喋る」


「知らないけど……」


「でも今日、羽田さんは高校生になってから一番沢山喋ってたかもしれない」


「え……じゃあ普段全然他の人とも喋ってないじゃん。あたしらついさっき初めて喋ったんだよ……」


「そうか。羽田さんは物凄いしゃべる人なんだな」


「いや、うん、まあ、喋る人ではあるけどさ……まあ、いいや。なんの話してたんだっけ」


「趣味だよ。僕にもなにか趣味が欲しいなって。だから羽田さんが今日声をかけてくれたのはいい機会かもしれない。ものは試しだと思う」


「え?! チケット買ってくれるの?!」


「いや、チケットはまだ買わない」


「なんでだよ!」


「いや、よく知りもしないものを見るのは抵抗がある。あとライブハウスという場所はなんとなく行くのが怖い」


「めんどくせえこの人! じゃあもうどうすりゃいいのよアタシ! 帰っていい?!」


「いや、つまり羽田さん。僕はしっかり知った上で、趣味になるかもしれないものに興味を持った上で行きたいと思ってるんだ。だから、今聞かせて欲しい」


「はい?」


「バンドってことは曲あるんだよね。いま聞かせてよ」


「いやいやいや。いやいやいやいやいや! 無理でしょ! 楽器はあるけどアンプないし、というかベースしかないし!」


「あ、そうか。色々必要なものがあるのか。じゃあ歌だけ。歌だけ聞かせて欲しい」


「うぇっ、いや、まあ、あたしボーカルだけどさあ……。いやいやいや、ほらここ! 図書室、静かにしないとじゃん!!」


「今日はここはもちろん、周りの教室にも誰もいないから大丈夫。誰の迷惑にもならない」


「そこはお固くいけよー眼鏡かけてんだからさあ!!」


「僕が眼鏡をかけてるのは視力が悪いからだ」


「知らねえよ!! あー……くそ……よりによって声かける人選ミスりすぎわたしぃーーーまあでも上手くいけばチケット一枚売れるわけだからなくもないのか……」


「えっと、ごめん。嫌なら無理にとは言わない。ああ、でもどんな感じの曲なのかとかそういうのだけは聞きたい」


「どういう感じって……。えーっと……サイケデリック……」


「サイ……なんて?」


「あーもー! わかった、ほら! これ見せてあげるからこれで我慢して。いや我慢してもおかしいけどさ。ほら、歌詞書いた紙。これが実際にどんな歌なのかとかそういうのは、ライブに来て聞けーていうかチケット買えー!」


「……」


「すごい読むね」


「……なんかすごいね。日本語で書かれているのに単語通しの繋がりがない。と思えば、離れたところで意味が少し繋がってる。あ、これもなんの繋がりがないと思ったけど全部母音が一緒になんだな。真ん中の辺り……そうか、聞きようによっては関連する単語は一切使ってないのに男女の関係を連想させられるような並びになってるのが……なるほど……」


「いや恥ずかしい解説すんなよお前!!」


「……ここ図書室だからそこまでの大声はちょっと」


「お前が出して言ったんだろうがぁ!」


「え、もしかしてすごく怒ってる?」


「怒ってるわ! なんでこんな目に合わなきゃならないの?! 見せたのはあたしだけど、あたしだけど!」


「……あー、なにか不快にさせてしまったのなら謝る。やっぱり、ライブは遠慮するよ。僕には向いてなさそうだ」


「いや、来て」


 羽田がチケットを取り出してゲンに押し付け、ゲンが受け取る


「え、でも僕」


「お金はいいから、受け取って。なんかもうあたしが興味出てきちゃった。この人があたしらのバンド見たらどんなこと思うんだろうなーって。だから来てよ。今回だけでいいからさ、ほら、ダダだし」


「……うん、じゃあ行かせてもらう。ありがとう羽田さん」


「あーもう。さっきの話じゃないけどこんなしっちゃかめっちゃかな会話それこそ高校生になって初めてした気がする。本返しに来ただけなのになんでこうなったんだか……」


「僕は楽しかったな。音楽とかバンドとかは結局よくわからないけど、羽田さんには僕も興味を持った。だから、羽田さんがやってる事を見に行かせて貰うよ。本当に趣味になるかもしれないし」


「……うーん、まあ、そう言って貰えるのは悪い気がしないかな。ま、なんだかんだあたしも楽しくかったとは思うし、ありがとね。ライブが響かなくてもさ、またまあ、そのうち喋ろう――


「……えっと、じゃあまたな、羽田」


「あははっ、距離の詰め方急だね。じゃあね。ライブ来てよね〜」


 羽田が図書室から出ていく。

 ゲンは勉強の手を止めてチケットに書いてあることを隅々まで読んでいる。


「……楽しみだな」

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