ゲンと羽田、二人で喋るだけ
林きつね
scene1 そういう日の駅のホーム
電車が発車する。
駅にいる人たちはそれに乗り込むが、駅のベンチには一人だけイヤホンをつけた男子高校生が座っている。
そこに、同じ制服を着た女子がやってきて隣に座った。
「……ゲン君、なに聞いてんの?」「ゲーーンーーなーにー聞ーいーてーんーのー!!」
ゲンと呼ばれた男子高校生が一瞬驚いてイヤホンを外す。
「……なにかと思ったら、羽田か。なに?」
「いやだからなに聞いてんだっつってんじゃん。三回目だよこれ。ていうか今の時間もう遅刻じゃない? あたしは遅刻なんだけど。あれまだ間に合うっけ、次の電車何分?」
「一気に質問するのやめてくれっていつも言ってるだろ。俺は佐藤じゃないんだ」
「でたっ、物理の佐藤先生。生徒の質問にいっぺんに答える人。『はい順番にその問題の答えはA、テスト範囲は85Pまで、授業と関係ない質問はしないように、今回ノート提出はありません!』」
女性高校生――羽田は自分のモノマネがツボに入りしばらく笑う。
「はー、おっかしい。で、なに聞いてるの?」
「……結局それか。知ってるだろ。いつものやつだよ」
「えー、わかんない。ねえねえ、どんなバンド? なんて曲名? どんな感じのロック?」
「"いろはに宙返り"ってバンドの、"46種類"って曲」
「おー……おおーー……またマイナーな曲聞いてるねえ。それ、3曲あるうちで一番人気ないんだよ。なんかさあ、歌詞が意味わからないとか、途中のベースが変だーとか」
「僕は一番好きなんだよ。こう、なんだ、作った人らしさが出てる。魂こもってるなって……思うんだ」
「えらそー。いやあそうか、でも、そうか。いいね、嬉しいね。届くところに届いて、嬉しいよ。あたしはさ」
「……次の曲はいつ作るの、いろはに宙返りのベースボーカルさん」
電車がホームに止まって、また発車した。
二人はベンチに座って喋り続けている。
「ん、んー、んんんんーインスピレーション待ち、的な? ビビビときたらバババとこしらえますよ。楽しみにしてなよ」
「ああ、楽しみにしてる。それまでは今ある曲を聴いてるよ」
「ふーん……っていやいやいやちょいちょいちょい、なんでイヤホンする?」
「駄目か?」
「駄目だよ。せっかくあたしが隣にいんのに、なにあたしの歌聞こうとしてんのよ。喋れよ。しゃーべーれーよー」
「なんだよ。どっちも同じ羽田だろ? それに僕はどちらかと言うと歌声の方が……なんというかな、癒される」
「……バンドマンとして嬉しさ50。女子として減点60。お前、マイナス10点な。いやいやいやいや、ゲン君さあほんとさあ、あたしはせっかくあたしが隣にいるってのにほんと……っていうかあたしのバンドの曲はあたしじゃないじゃん。他のメンバーも加わってるじゃん。ドラムもギターもおるじゃない。ドコドコギュンギュンテクってるわけじゃない。せっかくあたし単品が隣にいるのにそっち選んじゃうのはなー……減点追加だよ……」
「悪かったよ。でもその3人の中でも羽田が一番凄いんじゃないか? 僕はあんまりそういうの詳しくないけど、できる人限られてるって聞いた。ベースボーカルってやつは」
「まあねえ。いやいや、あたし以外の二人もめちゃんこ上手いんだよ?! 気抜いてたら置いてかれちゃうレベルで。でも悪い気は、しない! でもさ、今は喋ろうぜ。未来のロックスター 空前絶後超絶技巧天真爛漫美少女ベースボーカル HADAと喋れる貴重な機会だよ?」
「……なんか、嫌なこととかあった?」
「はえ?」
「なんかちょっと、無理してる感じがある気がしたから。いつもそんな感じ……だけど、いつもよりわざとらしいなって。だから、なんかあった?」
「おー……いやいや待って。なんでわかんのさ。いやこれ恥っずぅ……確かにちょっと正直空元気だったしさ……。でも大したことじゃなくて、ちょっと親に色々言われただけだから。もっと勉強しろとか、なんのためにいい高校に入れてやったと思ってるんだとか、いつまで楽器で遊んでるんだだとかさ、そんだけ。そんだけだよ」
「大変だな」
「ははっ、そんだけ? 人の恥ずかしいところ暴いといて。ゲン君らしいけどね。うん、ゲン君らしい。だからまあ、結構もう元気。こうやって話せてるし。ありがとね」
「なにもしてないよ。……もっとなにかした方がいい?」
「全然。ぜーんぜん。話してくれるだけでいいのよ。話してくれるだけで。なんというかそれだけでマッサージ? みたいな気分になるから」
「……あれ、ていうかさ、今日あたししっかり遅刻してきたんだけどなんでいるの? ゲン君も遅刻? 珍しいねあんな真面目な人ばっかの学校の中で真面目眼鏡なんてあだ名ついてる人が。もしかしてそっちもなんかあった? なーんて」
「いや、ただ羽田を待ってただけ」
「へい?!」
「羽田と話したいなと思って、来るの待ってた」
「…………」
また電車がホームに止まる。そして発車した。
「……乗らなくていいの? もう2時限目始まるけど」
「羽田だって乗らなかったじゃないか。じゃあ僕も乗らなくていい」
「いやいやあたしは……ってか、てかさあ、あたしがこのまま来なかったらどうしてたのよきみさぁ。丸一日ここにいたわけ?」
「どうだろう。羽田のバンドの……羽田の曲は全然飽きないから、もしかしたらいたかもしれない」
「いや、ゲン君さあどんだけあたしのことすぅ……いや、どんだけあたしのこと気に入ってるわけ? さすがに恥ずいんですけど」
「ごめん」
「いや謝らないでよ。なにが悪いことだよこんにゃろめ。んっとに、こんにゃろめ。はー暑。……もう9月も終わるのにね」
「……僕はさ、特にこれと言った悩みとかないよ」
「え、なに急に。どったの」
「親との関係も良好だし、学校にもそれなりに馴染めてる。勉強もできるし、なんなら容量だっていいとすら思う。ああ、でも運動が苦手だから体育の時間は少ししんどいかな。でも、特別なにがしんどいとかそういうのは一切ないんだ」
「自己肯定の怪物じゃん」
「でもさ、なんだかたまに、背中に急にでっかい重りが乗っかったようにしんどくなることがあるんだ。いつも通りのことをするために一本歩くことがすごく億劫で。でもなんか人生そういうもんなだろうなって我慢してたけど、最近は違うんだよね。いろはに宙返りの曲を聴いてるとさ、そういうのが一気にスっと軽くなるんだ。だからずっとこうしてたいなあって思って、電車を見逃したりするんだ」
「……好きすぎかよ。あたしの歌」
「そうだね。ああでも今もだな。歌もそうだけど、羽田と喋ってても軽くなる。なんか人生が少しいいものに思えるんだ。だから、もうしばらくこうしてたいな」
「……あぁーーー……ゲン君さあ……容量は悪いでしょ……。すっごい喋ってたけどそれってさあ、結局さあ、そういうこと? そういうことじゃん? じゃあもっと端的に表せっていうかさ、逆にもう勘違いなんじゃないかとか思っちゃうわけでぇ。あーくそ……新曲酷いことになりそう……」
「え、なんで?!」
「そこにだけ反応すんなよなあ」
「いや、だって他は何言ってるかよく分からなかったし……。羽田って結構変だからさ」
「……お前と喋ってるとムカつくかもしれないない」
「え、困るな」
「困るなよ。冗談だよ。半分ぐらい」
「半分は本気なんじゃないか」
「うっせーうっせーうっせーです。もう半分は違うんだからいいじゃん。一緒だよ、あたしも。ずっと喋ってたいなあ、ゲン君と」
「──羽田は、恥ずしいことをすっと言うと」
「あぁ?! 誰がなにを言ってんの?! あーもう無理だ。今日は特に無理だ。無理な日だ。しんどい。大声で歌っちゃおうかなあーー!」
「駄目だよ。多分駅員さんに怒られる」
「わかっとるわい! アハハ、でも聞きたいっしょ、あたしの生歌」
「うん、まあ、それはすごく」
「うん。うん。いいね、いいよ。そんで今日はもうなんか駄目な日出しさ、もう学校も行きたくないっしょ?」
「……いや、それはもう大丈夫だよ。羽田のおかげだ。ありがとう。次の電車で行こうと思う。羽田はどうする?」
「空気読めよお前!!」
「え、なに。顔近いよ羽田。少し、恥ずかしい」
羽田が無言でゲンから離れて椅子から立ち上がる。
駅のホームにアナウンスが流れる。
「ゲン君、乗ろうぜ電車。で、海行こう!」
「次の電車特急だから学校の駅は通り過ぎるよね」
「だからそう言ってんだろう?! 今日はもうそういう日なんだよ。ゲン君もあたしもなんかそういう日。駄目になっていい日。駄目になるべきな日。だからこのまま電車に乗って海に行こう! なぜなら今日はそういう日だからだ!」
「すごい。そんなわけはないはずのにどこか説得力がある」
「だろう? てなわけで行こう。二人だけの逃避行だ!」
「逃避行って……。さすがに夜には帰りたいんだけど」
「日帰りの逃避行だよ! ほら立って立って電車が来るよ」
ホームに電車が止まって、二人をのせて発車した。
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