第4話 めちゃくちゃにしてやりたい


そうふつふつと煮えたぎる頭で考えながらも、ルキウスは今度は魔道具作りに没頭した。無論、当主としての職務を果たしながらだったが。


ルキウスには魔道具開発の才能があった。控えめにいっても天才だった。誰もがルキウスを褒め称えた。


公爵家当主としての地位と権力に加えて、天才的頭脳に、月の化身とも称えられる美貌、さらに魔道具開発で得た莫大な財産があるとなれば、たちまち人が集まってくる。


十九歳にしてその名を大陸中に轟かせたルキウスは、王都中の夜会へ招待されたし、どこへいっても幾重もの人垣ができた。


第五王女という婚約者がいるにもかかわらず、公爵家には山のような縁談が舞い込んできた。パーティーに出席すれば令嬢たちからも貴婦人方からも熱い視線を向けられた。


ルキウスは自信に満ちていた。

それは過剰なほどの自信だったが、ルキウス・エズモンドという男が持つにはちょうどいいものだっただろう。


人が望むものすべてを兼ね備えて生まれてきたといわれたときには、昔を思い出して失笑しかけもしたが、しかし、この国の社交界で最も夫にしたい男へ成り上がった自信はあった。


アレクサンドラだって、今度こそ自分を頼りにしてくれるだろう。


彼女は今や第一騎士団の副団長だ。

ルキウスが魔物の瘴気に侵された土地を浄化する魔道具を開発したときには深く感謝されたし、眩しいものを見るような眼差しで「すごいな、きみは」といわれたこともあった。ルキウスは有頂天になっていた。


これはもはや結婚まで秒読みだ。アレクサンドラだって自分を憎からず思っているにちがいない。きっと男として見ているはずだ。


その証拠のように、わしゃわしゃと髪を撫でられることがなくなっていた。


これは『異性として意識しているから、昔のように気軽には触れられない』というに心境に違いない。


ルキウスは付き合いで観劇に行った先で、そういう物語を見たことがあった。『年下の青年がいつの間にか、大人の男性になっていた』と主人公が気づく展開だ。素晴らしかった。芸術に興味のないルキウスでさえ即座に多額の寄付を決めたほどだ。


ルキウスはあの芝居を思い出しながら、領地にいる腹心の部下へ当てて『最近の殿下は私を異性として意識していると思う。結婚式も近い』と手紙を書いた。


返信には『それはご当主の妄想ではありませんか?』と書かれていた。ルキウスは無言で手紙を暖炉にくべた。




しかしルキウスは、自分の見込みが甘かったことをまたしても思い知ることになった。


自分が二十歳に、アレクサンドラが二十二歳になった頃だ。


彼女はある日突然、第一騎士団を辞職した。


そして父王に頼んで第三騎士団という名のごく少人数の騎士団を作ってもらい、国内をフラフラ出歩くようになった。


そろそろプロポーズをして正式に結婚を……! と意気込んでいたルキウスには、何もかもが寝耳に水だった。


彼女は事後報告しかしてくれなかったし、『殿下のお遊び騎士団』という悪評を事実だと主張して、本当の計画を明かすこともしなかった。


アレクサンドラは一つもルキウスを頼らなかった。助力を求めることもなかった。鋼のような意志を持つ彼女は、ただ、自分の危うい計画にルキウスを巻き込まないことだけを考えていた。


ルキウスはいい加減悟った。




(───あぁ、なんだ。貴女にとって私は、今でも守るべき子供でしかないのか)




腹の底からふつふつと沸いてくるのは怒りだった。


困難な状況であることを明かすことはなく、危険から遠ざけて、ひたすらに安全な場所に置いておく。十三歳の子供相手ならいいだろう。しかしルキウスは二十歳の男だった。そんな風に守られるのは屈辱でしかなかった。


ルキウスはアレクサンドラが嵐のただなかにあるときこそ共にいる男でありたかった。


けれどアレクサンドラはそれを拒んだ。


なぜって彼女の美しい深緑色の瞳には、ルキウスがまだ庇護を必要とする子供に見えているらしいので。


(ああ…………、めちゃくちゃにしてやりたい………)


死んでも口には出せないような“めちゃくちゃ”についてひとしきり妄想してから、ルキウスは決めた。


そっちがその気なら、自分も好きにすると。




─── そして今日、アレクサンドラからの『大至急会いたい』という珍しい手紙が届いたのは、好きにした結果の最たるものであるといえた。


結婚への外堀が埋められていることに、彼女はようやく気付いたらしい。


ルキウスは悪徳商人のようにニヤニヤと笑った。いつまでも婚約者を子ども扱いするからこうなるのだ。いい気味だ。あの美しくて気高い彼女が動揺し慌てふためいただろうことを考えると、胸がスッとするようだった。




……なお、ルキウスは控えめにいっても天才だったが、控えめにいっても人間性に問題があった。









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