第4話 覚醒
「守屋?」
あぁ、そうだ。俺は守屋だ。守屋 司道。人間だ。
お前は誰だ?
無表情だけど、少し心配そうな顔をしているお前だ。
「ガァぁ」
なんで俺を見詰める。
そう言おうとしたけど声が上手いこと出ない。
今日は喉の調子が悪いみたいだ。
そう言えばなんで俺はこんな所にいるんだろう。
学校の近くのスーパー。
それはなぜか血で濡れていた。
思い出せない。
まるで記憶に霧がかかったようだ。
下に視線を向ける。
カラスの翼を大きくしたような羽が落ちている。
その羽は元は綺麗な漆黒だったようだが、今は血に濡れて色の単一性を失っている。
前をもう一度見る。
どこかで見た覚えのある顔が映る。
どこで見たんだろうか。かなり懐かしい顔だ。
一見無表情に見えても、たまに感情が分かりやすく出る。クラスのみんなには分からないみたいだけど、俺には分かる。
嬉しいときは少し目が細くなる。悲しときには眉の内側の端が少し上がる。怒っているときは目が少し開く。
全て些細な変化だが、確かに感情が顔に出ている。それに、感情が素直だ。他の人間は嘘の感情を出す。俺はあれが大嫌いだ。
「まだお腹空いてる?」
「グゥアア」
あぁ、すごく空いている。
さっき食べた肉も美味かったけど、あれじゃあ足りない。まだだ。まだ足りない。
「私のこと食べていいよ。助けてくれたお礼」
そう言って目の前の人間が手を広げる。
「おいで」
「ヴァぁ゛」
獲物が自ら俺に食べられたいと言っている。
腹減った。食べたい。あの白い皮に齧り付きたい。あの綺麗な顔を血で染めたい。
——なのに、なんで止まる。
言うことを聞け。
俺の体なら俺の命令を聞け。
俺は無理やり体を動かす。
目の前の獲物に齧り付くため。
あと一歩だ。
あと一歩で俺はこの苦しみから解放される。
がんばれ、俺。飢えから逃れるためにはこれしか無いんだ。
本能に従え。
人間を喰らえ。
俺は獣のようにジャンプして、人間を押し倒した。
人間は首筋を差し出すように、服をずらす。
美味そうだ。
量は少ないけど、味は格別のはずだ。
喰らえ。喰らえ。喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ。
鋭い牙を純白の首に突き立てる。
血が噴き出る。
甘い。まるでショートケーキのようだ。
肉も舌で転がしながら味わう。
いつまでも旨みが止まらない。
噛めば噛むほど旨みが溢れる。
もう一口。もう一口だ。
再度口を開け、血肉を口に入れる。
飢えが急速に収まっているのが分かる。
あぁ、最高だ。
なんていい日なんだ。
「ガウゥ」
喜びのあまり叫びそうになる。
ダメだ。
この叫びは最後まで取っておかないと。
上に向けていた視線を下に戻す。
——その時、人間の表情が見えた。
痛みに耐えながらも、どうにか笑顔を保とうとしている表情。
なんでだ。なんでこんな心が痛む。
なぜ人間の表情に俺の感情が揺さぶられている。
分からない。
分からないけど、これはダメだ。
このままでは人間が死んでしまう。
首から流れる血が見えた。
極上のスイーツ。天にも昇る快感を得た。
舐めたい。だけどダメだ。それどころではない。このままでは人間——セラが死んでしまう。
「グゥア、ガアゥ」
どうにか血を止めようと、毛で覆われた手で首元を抑える。
だけど、毛がただ血で濡れていくだけ。
血は止まらない。
「ぐぅ、セら」
世羅を呼ぶ。
すると、世羅は驚いた表情をした気がする。
段々眠くなって来た。
やばい。
「セラ——」
その続きを言えずに意識を手放してしまう。
「守屋、ありがとう」
世羅の小さな声が夢の中で聞こえた。
誰かに頭を撫でられる心地の良い夢だった。
『セラ シズクが『獣化』lv1を取得しました』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます