第4話 ただいま密着監視中!(2)

「ちょっと暗くてよく見えないな……」


 ガサガサと衣服が擦れる音。


「ちょっとこっち向いて──そう。そのままにしててね。君の脇の下からスマートフォンのカメラで見ながら拡大してみるからさ」


「ビンゴ! ターゲットの2人だ」


「てか、何してんの? どうして両手を広げてるわけ?」


「何度言ったらわかるの? 私たちは恋人同士なんだよ? 恋人が向き合ってんだから、普通男は女を抱きしめるでしょ」


「ほら! 腰に手を回しなさいよ!」


「そのまま動かないでね。今度は君の顔の横からスマートフォンで撮影するから」


 耳元に吐息がかかる。


「ちょっと! 動かないでってば!」


 今度は吐息と一緒に囁き声。


「アラアラ……ホテルでたっぷり楽しんできたでしょうに。まだ足りないのかしら」


 モゾモゾと動く音。


「もしかして、ターゲットたちが何してるのか気になる?」


「だよね。背中を向けたままだとわからないから、余計にエッチな妄想しちゃうよね?」


「え? 妄想なんかしてないって? その割には頬のあたりが赤いんですけど。これ、熱ってる証拠だよね」


 頬と頬を合わせる。


「あはははっ! やっぱ熱いじゃん! もう火傷するかと思ったよ!」


 耳元で囁く。


「わかったわかった。そんなに気になるんなら、特別に先輩の私が実況中継してあげるから」


「今ね──もつれ合うように抱き合ってて、男の手が女の胸の上にあるみたい」


「あっ、男が女の耳元に顔を近づけた! 何か囁いてるんだろうね」


「例えばさ──好きだよ──とかね」


「なんでまた顔を真っ赤にしてんの⁉︎ 別に君に言ったわけじゃないんだけど」


「わかってますって……またムキになってるじゃん。君はホントからかい甲斐があるよね」


 慌てて身を隠す。


「ヤバッ!」


「ダメだって! 振り向かないで! ターゲットたちがこっちに向かって歩いて来るところなんだから」


「我慢しなさいよ! 顔バレしないように君の胸に顔を埋めなきゃでしょ! 顔バレしたらどうするのっ!」


「ほら! 君も私の頭に顔を近づけなさいよ!」


 ラブホテル街の喧騒に混じり、足音が近づいて来る。

 ふと足音が止まる。

 囁き声になる。


「うわぁ、参ったな、これ……真横にいるじゃん……」


「しかもまた抱き合ってるし……どんだけ好きモノ同士なのよ……」


「普段抑圧されてる2人だから仕方がないって? なんで君が不倫してる人の気持ちに詳しいのよ」


「はあ⁉︎ 君は馬鹿なの⁉︎」


「場所を移動しましょうかって──急に立ち去ったりしたら怪しまれるじゃん」


「どうするって……あっちと同じようにこっちもイチャついてるしかないでしょ」


「じゃ、隣でイチャついてるターゲットを凝視してろっての?」


「でしょ? 怪しまれないように、こっちもカップルを装うしかないの。これも探偵の仕事のうちなんだから我慢しなさいよ」


 心臓の鼓動。やけに早い。

 それを聞き、胸に顔を埋めたまま、笑いを堪える。


「めっちゃ心臓バクバクいってんだけど」


「いい匂いだからって……それ、男の子がよくいうよね。でも夢壊して悪いけど、これはシャンプーの香りだから」


「え⁉︎ わ、私だからいい匂いなんだって……な、何言ってんのよ」


「はあ⁉︎ わ、私が照れてるわけないじゃない!」


「これは、ずっと顔をうずめてたから暑かったの!」


「こ、声が大きいって……誰に言ってんのよ! 見習いのくせに!」


 ドンッと腹を叩く音。


「ほら! ターゲットたちが動いた。尾行するよ!」


 ファスナーを下げたり、衣服を脱ぐ音がする。


「ほら! 君も早く着替えなさいよ!」


「はあ⁉︎ なんでって決まってるじゃない!」


「私たちはさっきまでターゲットと横並びでイチャついてたんだよ⁉︎ 同じ格好で尾行できるわけないじゃん」


 無理やり脱がす。


「上着を脱ぐだけで大丈夫だよ。私だってタンクトップになって──」


 髪を結い上げる。


「髪型を変えるだけで印象が変わるでしょ──って、なに見惚れてんの?」


「ふーん。君、女の子が髪の毛をアップしてんのが好みなのかぁ」


「じゃあ、なんでボーッとしてこっち見てたのよぉ」


「そっかそっか。私のうなじを見てたのか」


「ほらほら、また顔が赤くなってるよ──てか、こんなことしてる場合じゃないだった。尾行しなきゃ!」


「大丈夫よ。脱いだ服はそこに置いとけば、後からウチの所員が回収しに来てくれるから」


 早足で歩く探偵と見習い君の足音。

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