第3話 ただいま密着監視中!(1)

 またポリポリとお菓子を噛み砕く咀嚼音が聞こえる。

 口の中をモゴモゴとさせながら、見習い君に向けてお菓子を差し出す探偵。


「君も食べる?」


 見習い君は、ガサガサと袋からお菓子を出す。

 その後、2人の咀嚼音。

 しばらくお菓子を食べる音が続く。


「え? なんであんなことしたのかって?」


 少しだけ気まずそうな間が空く。

 探偵のためらいがちな言い訳。


「まあ……アレよ。私が無理やり電話をかけさせたようなもんだし……そのせいであんなことになっちゃったからね……」


「ごめんね……余計なことして……」


「それにさ、仲間が馬鹿にされたんだから怒るでしょ。普通は」


 楽しげな笑い声が響く。


「見習いだって私たちの仲間じゃない。何言ってんの」


「確かにまだ本採用になるかどうかは決まってないんだけどさ。こうして一緒に張り込みしてんだから、もう私たちの仲間に決まってんじゃん」


 お菓子の袋を握りつぶし、それをバッグに入れる。


「そんなに落ち込む必要ないって」


 洋服が擦れる音。

 苦笑いする声を含みながら、


「だから、いちいち腕組むだけで戸惑わないでよ。恋人のフリをしなきゃなんだから」


「それともそんなに私のことが嫌い? だとしたら……ちょっと傷つくんですけど……」


 ぐすん、鼻を啜る音がする。が、すぐに笑い声。


「ウッソー! また騙されたぁ! そんなんじゃ探偵にならないよ。何せターゲットはもちろん、依頼人だって海千山千の強者がいるんだからね」


「って、またそうやって肩を落とすんだから」


 急に落ち着いた調子の声になる。


「あんな女。君には似合わないから、別れて正解だよ」


「どうしてって……どうせ遅かれ早かれ別れることになってたよ。私にはわかる」


「だからどうして──って。やっぱ君、しつこい性格してるよね?」


 少し言い淀む。


「だってさ……君は自分が思ってるより、いい男だからだよ」


 また笑う。


「どこがって」


 周りに聞こえないようにそっと囁く。


「君、背が高いしさ」


「それに結構鍛えてるよね? 腕とかすっごく太いしさ、胸板も厚いじゃん」


「ほとんどの女子は、君に言い寄られても嫌な気はしないと思うよ」


「だ、か、ら。今の私たちは恋人同士なんだって」


「あっ! もしかして私に腕とか胸とか触られて、興奮しちゃったのかな?」


「だったら我慢しなさいよ。浮気調査の最中なんだから。つまりこれはね、仕事の一環なの!」


 ラブホテル街の喧騒。


「ほら、周りを見てみなよ。みんなイチャついてんじゃん。こんな中で私たちだけが突っ立ってるのは不自然でしょ」


「だからほら、君も頭を私の方に傾けなよ」


 2人の吐息が聞こえる。

 フフフと笑い声。


「チョコレートの匂いがする──いいって、お互いさまなんだから」


 耳元で囁き声。


「私もチョコの匂いするでしょ? だから気にしなくていいってば」


「ほら、もっと近づきなって」


 ハッと息を呑む。


「シッ! 動かないで」


 緊張感が走る。


「もしかしたら、ターゲットがラブホから出て来たかも⁉︎」

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