第2話 ただいま密着待機中!(2)

 ラブホテルが立ち並ぶ街中の喧騒。

 それらを縫うように話し声。


「ねえ、人違いじゃないの?」


「間違いないって……女子はメイクでガラッと変わるんだよ。それなのになんでそんなに自信満々なのよ」


「はあ? 彼女の顔は間違えないって……君ねえ」


「今朝だって待ち合わせ場所に現れた私に気がつかなかったじゃない。女はね、メイクでどうとでも──」


 残念そうに声を落とす。


「ああ……あるね、彼女の左目の下に、泣きボクロが」


 気を取り直すように少し声を大きくする。


「でもさ、同じところにホクロがある子なんて、いくらでもいるじゃん。それに今はメイクで描き足すことだって──」


 また声を落とす。


「やってるね。今まさに舌をペロッて出して、男の肩を触ってる。しかも自分のこと名前呼びしてるね」


 探偵と見習い君の間に重苦しい沈黙。


「じゃあさ、こうしてみたら? 彼女さんに電話してみなよ」


「どうしてですかって──他人の空似とか、ほら! 双子の妹って可能もあるじゃない」


 再びドンという音。

 腹にパンチを入れたのだった。


「それでも探偵ですかって何よ! はあ? 双子トリックなんか最近のミステリー小説でも使わないですって!」


「もしかして君、実は根に持つタイプ? さっきのあんぱんと牛乳の件の仕返しのつまり? 別にいいけど──じゃ、今から所長に連絡して、見習いが使えませんって言っとくけど、いいわけ?」


「わかったんなら、さっさと彼女に電話してみ?」


 スマートフォンの呼び出し音。

 少し離れたところで「もしもし?」という声。


 落胆した感じで、


「ああ……彼女に間違いないね。電話に出てるね」


 そっと耳元で囁く。


「今、何してんの? って聞いてみたら?」


 再び落胆のため息。


「女友達のところに泊まりに来てるって……あの子、清純そうに見えてなかなかのやり手だね」


 気の毒そうな感じを出しながらつぶやく。


「うわぁ……彼氏には『弟から』だって説明してるよ。おまけに私たちが見てるとも知らずに見習い君の悪口三昧じゃない……」


「弟は細かい性格で、根に持つところが嫌いって……ああ、もうこれ以上は聞いてらんないわ……」


 疲れたように「ふう」と息を吐く。


「あの調子だと、付き合ってる男は1人や2人じゃなさそうだね。しかも相当遊び慣れてる感じじゃん。どこが清楚系よ──てか、まだ君の悪口に言ってるみたいだね」


 何かを決意したかのように、


「うん! ちょっとここで待っててくれるかな」


「どこに行くって──決まってんじゃん。君の『元カノ』のところだよ」


 ツカツカと靴音。


「どうも、初めまして」


「私? あそこにいるアナタの『弟』さんの彼女」


「彼氏さんが、似てないって言ってるよ? そりゃそうよね。弟じゃないくて、二股かけてる彼氏だもんね」


「でもね。二股かけられてんならアンタの方だから!」


「彼、いつも言ってるのよ。清純ぶって退屈とか、自分のことを名前で呼ぶアタマがイタイ女、とか。他にも遊んでやってるだけなのに、カノジョ面して来るところがウザいって」


 嘲笑しながら、


「彼にはほどほどにしときなさいって言ってるのよ。しかもこんなアバズレと遊ぶなんて──」


 シクシクという泣き声。


「アララ、泣いちゃった? でも涙が出てないみたいだけど」


 楽しげに笑う。


「なに? そんなにドスが聞いた声が出せるんだ。もしかしてヤル気? 別にいいけど、そっちの彼氏さん──逃げちゃったみたいだけど、いいの?」


「そうそう。早く追いかけて言い訳しなきゃね。もう遅いと思うけど」


 清々しい気持ちで全身の伸びをする。


「ああ、スッキリした」

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