第3話

 普通の学生みたいに生活を送っていても、僕の体は確実にゆっくりと蝕まれていく。段々弱っていくのがいやでも感じられた。とある日、ついに僕は授業中にプツりと意識が切れてしまった。

 目を覚ますと病院で寝かされていて、横には母が手を握っていた。


「……母さん?」


 出した声は酷く掠れていて自分でも正直驚いた。声に気づいた母さんは目を見開いて涙をあふれだした。


「……よかった、本当に目が覚めてよかった……」


 そういえば、余命宣告を受けてから3カ月がたった。タイムリミットが、すぐそこに迫っている。


 確かにタイミング的にも母さんからしてみればとてつもなく心臓に悪かっただろう。思わずごめん。と謝るとまた前のように謝らないで、と言われた。


 病院からはもうすぐ覚悟しておいた方がいい、と言われて入院を勧められたけれど僕は最後まで普通の生活をしていたかった。


 家に帰るとどっと疲れてすぐにでもベッドに横になってしまいたかったけれど次起きたら死んでるかもしれないと考えるといてもたってもいられなくて、少し前から準備していたものの最後の仕上げに取り掛かった。


 翌日、目が覚めるとなんとなく直感で最後だと思った。昨日と変わったことがあるわけじゃない。本当に直感だった。きっと僕は今日眠ったら明日目を覚ますことはない。そう感じた。覚悟した方がいいって言われたの昨日なのにな。


 僕は制服に着替えて母さんの朝食を食べて、行ってきますの挨拶をして、玲と合流して学校に行って。ごく普通の高校生の生活をした。


 いつもと変わらない教室、変わらない友達、変わらない先生、変わらないチャイム。本当に全ていつも通りなのに僕は明日、ここにはいない。


 僕は帰り際に先生にとあるものを託して帰路に着いた。すると、いつも通り


「健、帰ろ」

 

 そう言って玲が来た。いつもと変わらない会話をしていると、急に玲が静かになった。不思議に思って玲の顔を覗き込むと


「……なあ、こうして会えるのもしかして最後、か?」

「……かもね。」


 そう僕が肯定すると、特に驚くことも無くそっか、とだけ言って思いっきり伸びをした。


「そっか~~!!じゃあ、俺絶対泣かないわ」

「薄情すぎるだろ」

「俺に泣いてほしい?」

「……別に。」


 泣いたら悲しいし、泣かなくてもなんだこいつ、と思うだけな気がすると僕が返すと玲は絶対そう言うと思った。と返してきた。


 僕の家の前に着くと気まずい沈黙が流れた。笑って別れようとしていたのに、顔が作れない。


「……玲、じゃあ……」


 僕がじゃあね、と言いかけた時それを遮るぐらい大きな声で


「またな!!!」


 と下手くそな笑顔でいうもんだから僕もつられて


「またね!」


 とガラにもなく大きな声で返した。家に入ると母さんが待っていて笑顔で出迎えてくれた。ああ、この笑顔を見れるのも最期かって思うと涙が出てきそうだった。


 けど、僕が今出来る最大限の親孝行は今日を笑顔で生きる事だけだった。


「ただいま、母さん」

「お帰り。手洗いうがいしておいで。」


 そんな当たり障りのない会話をして、ご飯を食べて、お風呂に入って。家でも僕は普通の生活をした。


 そして、寝る時間。僕は母さんに最後のわがままを言ってみた。


「……母さん、今日一緒に寝てもいい?」

「あら、小学生以来じゃない?いいよ、布団もっておいで。」


 そうして僕は母さんの隣に布団を敷いて母さんの手を握った。


「……母さん、僕を母さんの子供にしてくれてありがとう。」


 そういうと母さんは目を見開いた。きっと、察したんだろう。僕の母さんは察しがよくて、いつも先回りで準備をしてくれる。


「……母さんこそ、ありがとうね。いっぱいいっぱい幸せをくれて。父さんもきっとずっと見てたよ。」


 そういうと母さんは僕の頭をゆっくりと優しくなでて僕が大好きな声でおやすみ、と言ってくれた。





 そして、僕が次の日に目を覚ますことはなかった。


 母さんは覚悟ができてたみたいで、笑顔で頑張ったねって言ってくれた。


 玲は声を押し殺して泣いてた。昨日泣かないって言ってたのはどいつだよ。


 クラスのみんなも泣いてた。けど、すぐに僕の声を聴けるロボットを僕の席に置き

 みんな一人一回ずつ頭を撫でてた。





 僕は死んだあと、幽体離脱してまだ現世をふよふよと漂ってた。なんとなく、母さんが気がかりだったから。


 通夜とか葬儀とかの準備で少し疲弊したように見える母さんの傍にいても、母さんには僕の姿は見えないし言葉は通じない。ふと、母さんは僕の部屋へと向かった。あとをつけると母さんは僕の勉強机の上に置かれた封筒を手に取った。


 見つけて、くれた。


 母さんは中身を見ると慌てて僕の勉強机の三段目の引き出しを開けた。そこに入れてあるのは学校で瑠偉と玲がプログラムしてくれたロボット。ただ少し違うのはペンギンをかぶせているわけじゃなくて、こっちには母さんの好きな猫をかぶせておいた。


 封筒に入れていたのは、ロボットの場所とロボットの取扱説明書。既製品じゃないから僕が一から手書きで書いた。


 母さんはロボットを持ってリビングに行くと説明書を読んでロボットの頭を撫でて声の再生を始めた。


『母さん、いつもありがとう。沢山迷惑かけてごめんね、僕ができる親孝行、これが最後だけど母さんが寂しくないようたっくさん録音したから。僕は、ずっとずっと母さんの近くにいるよ。』


 その声を聴いた瞬間、母さんはワッと泣き出した。泣かせたいわけじゃなかったんだけどな。けど、すぐに母さんは笑って


「健、ありがとうね。今もいてくれてるんでしょ?母さん、早く前に進むからね。ゆっくり母さんも健と父さんのところに行くよ。よぼよぼになっても母さんって呼んでね。ありがとうね。健、ゆっくりお休み。」


 ああ、やっぱり母さんは勘が鋭いなあ。僕は目頭が熱くなるのが分かった。母さんには届かない。けど、僕はそれでも叫ぶ。


“母さん、僕、父さんと母さんが来るのゆっくり待ってるよ。すぐに来たら、絶対許さないから。母さん、本当にありがとう。”


 ふわっと僕の体が発光し始めた。成仏、するのかなと漠然と思って最期にもう一度、母さんに


“ありがとう”


 というと母さんがハッと顔を上げた。届いたのかもしれない。そう思った。





 そして僕は、天国に行って、父さんと再会した。

 父さんはこんなに早く来るなんて、ってショックを受けてたけど母さんの近況とか沢山話して許して(?)貰った。



 それから僕は毎年8月のお盆の時期に母さんの所に帰る。少しずつ白髪が増えてる母さんに年取ったな、なんていったら怒られるんだろうな~って考えながらしれっと玲のところにもよっていく。


 ちなみに、余談にはなるけれど母さんはあのロボットが玲と瑠偉の力を借りて作られたことを見抜いてお礼を言いに行ったらしい。

 それに対する玲の返答がこうだ。





「俺達は健の手伝いをしただけです。あいつは、お母さんの笑顔を生み出す天才発明家ですよ。」

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