第62話 久しぶりの子
夕食の時、お姉ちゃんが、詩織さんの事を言いだしたけど、流石に家族旅行の時、彼女を一緒に連れて行くのは思い切り反対した。
お母さんは賛成したけどお父さんも反対したので何とか詩織さんが一緒に行く事は阻止できた。
そしてその日の夜、詩織さんからスマホに連絡が入った。
『京之介様は全高に参加なさるんですよね?』
『はい、そのつもりです』
『私も参加しようかと思っています』
『えっ、詩織さんが?!』
『実を言うと去年も参加しました。京之介様は参加されてなかったですよね』
『ええ、去年は辞退しましたけど』
詩織さんがあれに参加しているとは思わなかった。全中の時は、一年上の彼女は全高、会う事は無いし、去年参加していないから分からなかったんだ。しかし積極的な人だな。
『そうですか。では今年は二人で楽しめますね』
どういう意味で言っているんだろう?
『大会会場へは一緒に行きませんか?』
『それは構いませんが』
それから少ししてお姉ちゃんから、今年は大会を見に行くと言われた。確かにお姉ちゃんは身内だし関係者にはなるのだけど、今迄来た事も無いのにどうしたんだろう?
夏休みの宿題は奈央子さんと一緒に彼女の家のリビングで前半五日間、後半五日間は俺の家のリビングでやる事にした。気分を変える為だ。
智が一緒にやりたいと言って来たが断った。去年も断っているし、弥生ちゃんも一緒だというので何となく勉強にならないのではないかと思ったのと奈央子さんが二人でやりたいと言ったからだ。
奈央子さんは夏休みの宿題をしている時は、テーブルを挟んでするのではなく、並んでしている。
分からない所があった時、直ぐに聞けるからだと言っているけど彼女の学力で質問が出る様な問題は無い。気持ちは分かるからそうしている。
そして最後の日は午前中に終わったので、午後は俺の部屋に居た。勿論変な事はしない。でも思い切り抱き着いて来た。来年になれば責任を取れる年になる。その時は…。
八月に入ると毎日道場に通った。師範の動きはすさまじく、とても六十を超えた人の動きとは思えなかった。
防戦一方だと真剣に怒られる。かと言って無謀に反撃すると簡単に交わされて返り討ちにされるという感じだ。
それでも三日目からは師範の動きも目が追い付ける様になって来た。四日目以降は何とかこちらからも攻撃を繰り出す事も出来る様になった。
そして大会前日には、互角とまでは行かないが一方的にやられる事は無くなった。稽古が終わった後、師範から
「京之介、自然体で行け。打たれれば受け流し、隙あらば積極的に打つ。言っている意味は分かるな」
「はい」
「儂と師範代も見に行く。楽しみにしているぞ」
「はい」
大会初日、俺は詩織さんと一緒に競技会場の廊下を歩いていると見知った男と女の子が歩いて来た。
「久しぶりだな。早瀬さん」
「
「去年は、おまあさんが参加せんかったから儂も辞退した。今回は前の様に勝ちを貰う訳にはいかん。清々堂々とやってくれ」
「謙遜ですね。あのときは石通さんの勝ちです」
「食えん男よのう。妹が惚れるつう意味がよう分かりもうした」
「京之介様。お久し振りです」
「
沙羅さんが、一緒に居た詩織さんを見ると
「小手川さん。今年は去年の様には行かないわ」
「楽しみにしています。石通さん」
二人は挨拶するとそのまま歩いて行った。
そして一緒に居たのは妹の
石通さんは去年の大会は出場しなかったと言っていた。俺が参加しないからだと言っていたが、それは本当では無いだろう。理由は分からない。
でも今年は出場して来た。決勝で会うのは彼だろう。手強い相手だ。面倒なことになったな。
俺と小手川さんはそのまま控室に向かった。勿論、男女別だけど。
「京之介様、今年は如何なさるんですか?」
「自然体です」
「そうですか。でも勝ちを譲るのは宜しくないかと」
「あなたに言われる筋合いはない!」
「申し訳ございません」
小学校、中学生の時はとにかく目立つのが嫌だった。だからいつも適当に誤魔化して中位に居れば良いと思った。何に対してもそうだった。
しかしこれだけは本能がいい加減な事を許さなかった。でも優勝する事だけは避けたかった。その結果が石通さんの言葉だ。今年はそういう訳にはいかなそうだ。
大会は三日間に渡って行われる。トーナメント方式だ。俺の様に個人で参加している人も居れば高校単位の団体戦で参加する人達もいる。勿論、個人戦にも出て来る。男女毎に各地区予選で勝ち上がって来た猛者ばかりだ。
団体戦は、初日三回戦までを行い、準々決勝以降は三日目だ。個人戦も二日目に同様に行われた。
型は個人で行うが組手は参加者数が多いだけに組み合わせも運がある。俺は幸い石通さんとは三回戦までは当たらなかったが、彼の試合を見ていると一方的に相手がやられておしまいという試合ばかりだ。
妹の沙羅さんも同じだ、強い。詩織さんも順調に三回戦を勝ち抜いた様だ。詩織さんが胴着を着て戦う姿は普段のお淑やかな女性とは思えない動きだ。
そして三日目、団体戦、個人戦とも準々決勝から行われた。団体戦は、毎年優勝争いをしている有名校同士の争いになった。
そして午後から行われた個人戦では、やはり女子は詩織さんと沙羅さんが決勝に残った。フルコンタクトの試合だけに双方激しく技を繰り出してくる。
フルタイムまで戦ったが、技では決着が付かず、判定で詩織さんが勝った。
そして男子個人決勝戦は、やはり俺と石通さんの試合になった。
試合が始まると石通さんは積極的に打ち込んで来た。蹴りのスピードも早い。でも俺はそれを受け流しながら見ていると、攻撃にリズムが有るのが分かった。
そのリズムの切り替えの時、相手の懐に入りながら掌底を打ち込んだ。体勢が崩れた瞬間に胴回し回転蹴りで決着させた。石通さんは畳に倒れている。その瞬間物凄い歓声が沸き上がった。
石通さんが起き上がると
「やはり強かったのう。儂の負けじゃ」
顔は怖いが爽やかな笑顔だった。
§石通沙羅
お兄ちゃんが負けた。信じられない。私はお兄ちゃん以上に強い人が居るなんて思っていなかった。
全中でお兄ちゃんが勝った時、相手の男の子がわざと負けたとは思いたくなかった。
でも今の試合で分かった。京之介様の傍に行きたい。お兄ちゃんも両親も許してくれるはず。
§小手川
流石だわ、京之介様。私の夫になる方はこの方以外居ません。
§早瀬愛理
弟が手を抜かなかった。私は空手は分からないが、弟が繰り出した技は、私の目では追いきれない位のスピードだった。流石だわ、京之介。後は詩織ちゃんの事だけね。
§道場の師範と師範代
「京之介は成長したのう」
「ええ、もう師範代になって貰ってもいいレベルですが、残念ながらまだ十七才です」
「来年がある」
「はい」
表彰式が終わり着替えも終わって帰ろうとした時、石通さんが俺の傍に来て
「早瀬さん。妹をお前さんの傍に行かすかい。大切にしてやってくれ」
「えっ?!」
「お願いしもす」
そうやって石通さんは腰を曲げた。
どういう意味なんだ?
――――
途中から後半に掛けてどこかで聞いたけどちょっと違う様な言葉遣いが有りますがお気になさらずに。ご配慮の程お願いします。
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
カクヨムコン10向けに新作公開しました。現代ファンタジー部門です。
「僕の花が散る前に」
https://kakuyomu.jp/works/16818093089353060867
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