第49話 えっ、あなたも


 奈央子さんと濃い時間を過ごした翌月曜日も振替休日で休みだ。GW前から詩織さんと会う約束をしている。


 今日は彼女と女神像のある町の駅の改札で午前九時に待ち合わせしている。待ち合わせ時間としては少し早いが、朝食を一緒に食べようという事でこの時間になった。


 午前十時十五分前に改札で待っていると彼女は改札からではなく左側から歩いて来た。白いTシャツに薄茶の膝上丈のスカート。それに歩き易そうなスニーカー。とても魅力的だ。


「おはようございます。京之介様」

「おはようございます。詩織さん。電車では無かったんですか?」

「はい、電車で来るより歩いて来た方が早いので」

「そう言えばそうですね。行きましょうか」

「はい」


 詩織さんがスッと手を繋いで来た。小さくて柔らかい手だ。俺も握り返すと俺の顔を見て微笑んだ。


 二人で歩いて来た所は、以前二人でパンケーキを食べたお店。店構えが可愛い素敵なお店だ。


 ドアを開けると昔ながらのベルの音が鳴る。俺達が入って行くと初老の男性が、あちらの席にと言って席を指さした。窓際の二人席だ。


 詩織さんを窓側にして座ると初老の男性が水の入ったグラスとペーパーのおしぼり、それにメニューを持って席に来た。


 メニューを見ながら

「今日は朝食なのでベーコンサニーサイドエッグと紅茶にします」

「ふふっ、そうですね。私もベーコンポテトと紅茶にします」

 どちらもパンケーキをベースに一緒に添えられる物だ。


「京之介様は、この連休何をなさっていたのですか?」

「はい、金曜日はのんびりしていました。土曜日は道場で稽古です。昨日は…有栖川さんと会っていました」


 京之介様は有栖川さんの事を言う時一瞬だけ躊躇しました。いつもは何も躊躇なく会ったとだけ言うのに…まさか?


 でもこの方がその様な軽率な事をするとは思えない。愛理様から有栖川さんが積極的に出て来ても最後まではしないだろうと聞いている。


「あの、詩織さん?」

「あっ、済みません」


 そんな会話をしている間に、注文の品が運ばれて来た。パンケーキにナイフを入れながら

「詩織さんは何をしていたんですか?」

「はい、私も一日目はのんびりと部屋で過ごして、二日目は道場で稽古をして昨日は踊りのお稽古をしていました」

「そうですか、何となく似ていますね」

「はい」


 いつもより詩織さんも口が重い。どうしたんだろう。何か気になる事が有るのだろうか。

「詩織さん、何か気になる事でも」

「どうしてですか?」

「いつもより、話が弾まないというか」

「京之介様の所為です」

「俺の所為?」

「はい、京之介様の所為です」

 二度言われてしまった。


「ところでこの後は?」

「はい、この辺を少し散歩した後、私の部屋でお話をしたいです」


 どう答えればいいんだろう。詩織さんはあくまで控えめに対応してくれる。問題は無いか。


 パンケーキのお店に一時間半程いた後、ジュエリーのお店や、アンティークな小物が置いてあるお店、素敵なカトラリーが揃えられているお店を見て回った。

 この街では、こういうお店が少なくない。一時間以上も見て回った。


「この町は本当にこういうお店が多いですね」

「そうですね。前は日本で一番ケーキ屋の多い町と言われていたんですけど、その名前は隣町に取られてしまったようです」

「流石、地元の人という思いですね」

「ふふっ、そうですね。そろそろ私の家に戻りましょうか?」

「はい」

 しかし、この人、家に戻ると言ったな。どういう意味だろう?



 詩織さんの家は、女神像のある街から歩いて十分と掛からない。前沢の一角にある大きな家だ。


 彼女が手に持っているスイッチを押すと大きな鉄扉が横にスライドした。そこを入って二メートルくらい先にしっかりとした二重キーの玄関ドアがある。

 普通その二つのキーは一緒だが、詩織さんの家は別々の様だ。うちより全然厳重だ。


 その玄関ドアを開けて中に入った。前来た時も家族はいなかった。


「詩織さん、ご家族は?」

「はい、今日家族はいません」

 うん、どこかで聞いたような?


 二階に上がり一番奥の部屋に行って詩織さんがドアを開けると女の子の匂いが目一杯流れて来た。

「どうぞ、入って下さい」


 俺は何も言わずにそのまま入るとこの前と同じようにとても綺麗にしている。

「いつも綺麗ですね」

「はい、毎日整えておくのは当たり前の事です」


 そう言えば俺の部屋、お母さんが綺麗にしてくれているな。


「そこのソファに座って下さい。いま飲み物を持ってきます」


 そう言って一階に降りて行った。それから少ししてトレイにジュースの入ったグラス二つと個包装されている柔らかそうなお菓子を持って来た。


 トレイを置いた後、反対側に座るのかと思ったら、俺の隣に座って来た。そして

「本当の事を教えて下さい。昨日、有栖川さんにお会いした時、何をなさっていたんですか?」

「えっ、…何をと言われても」

「なんでそこで一瞬言葉が切れるのですか?」

「それは…」


「こういう事したんですか」

「うわっ!」

 いきなり来ていたTシャツを脱いだ。そして俺に抱き着いて来た。この人にこんな一面があるなんて。


「私も恥ずかしいです。私にもあの人にした事をして下さい。私は京之介様にはあの人と同じ距離感で居たいのです。何も求めません。でも同じ距離感で居たいのです」

「詩織さん…」


 俺の顔を下から見上げると目を閉じた。


 どうすればいい。このままするのも断るのも出来るだろう。昨日奈央子さんにあんな事言いながら今日は詩織さんとこんな事したら、俺は単なる二股男だ。でも詩織さんのこれを断れるか?

 詩織さんは何も求めないと言った。でも奈央子さんは結果を求めて来る。


 詩織さんが目を開けた。そして目元に涙を溜めながら

「京之介様、私にはしてくれないのですか?」


 俺の思考はそこまでだった。涙を溜めながら目を閉じている彼女の顔にゆっくりと顔を近付けて唇に触れた。



 もう、一時間位経ったのだろうか。俺の横には上半身だけ何も着ていない詩織さんが横になっている。


 もう一度見ると真っ白な肢体に透明感のあるふくよかな胸、そして括れた腰、奈央子さんと違うのは、下はパンティだけだという事だ。結構色々触ってしまった。昨日奈央子さんの所で自制していた反発かもしれない。


「京之介様、良いですよ。もう準備は出来ています。私はいつでも京之介様を受け入れます」

 そしてもう一度口付けをした。後は…。


……………。


 想像していたより痛いですけど、気持ちいいです。京之介様と一つになれたという高揚感で一杯です。


「京之介様、もっと」


 眉間に皴を寄せて声を出さない様に我慢しながらも漏れて来る素敵な声に俺は夢中になってしまった。

「ごめん、我慢出来ない」

「大丈夫です。思い切り京之介様の気持ちを下さい」


 初めての経験。頭の先から足の先まで貫くこの感覚が堪らない。

 


 結局その後もう一度してしまった。今俺の横には一糸まとわぬ美しい女性が居る。


 してしまった。本当は我慢しなければいけなかったのに。俺はこれからどうすればいいんだ。奈央子さんにはっきりと言って別れるのか。俺はそんな無責任な男だったのか。


 俺の悩んでいる顔を見たのか、

「京之介様、そんな顔しないで下さい。いずれはこうなったのです。私は嬉しくて堪りません。

 あなたが私にこうしてくれたからと言って、私はあなたに何も求めません。もしまたしたくなったらいつでも誘ってください」

「詩織さん」


 もう一度熱い口付けをした。



 詩織さんも家を出たのは午後五時を過ぎていた。

「家族は午後六時に帰って来ます。帰るには丁度良い時間です」

「詩織さん、この事…」

「ふふっ、言ったではないですか。気にしなくて良いと。学校でも今迄と同じ様に接して下さい。生徒会では変な素振りは駄目ですよ」


 俺が心配している事を言われてしまった。駅まで五分だけど、今日だけはもう少し一緒に居たかった。



 京之介様が電車に乗りました。今日は予想以上のデートでした。多分、有栖川さんとの事が中途半端だったのでしょう。

 何も無ければいつもの京之介様だったはず。そういう意味ではあの人に感謝です。


 いずれは私の所に来る方。それまでは何も要求しないで傍に寄り添っている。それが一番良いのです。でもお邪魔虫は避けないといけません。


―――― 

次回をお楽しみに。

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。


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