第38話 猪突猛進は良くないと気付いた
京之介さんと図書館とはいえ、毎日会っている。今もこうして冬休みの宿題を一緒にやっているのですが、やはり隣に居てくれるというのは嬉しくて堪りません。
手を止めて偶に彼の横顔を見ていると、それに気付いたのか私の方を見て
「奈央子さん?」
「はい」
「何か?」
「いえ」
こんな感じです。でも金曜日の終りに
「明日は道場の年末の締めなので、午後からでいいですか?」
「はい、勿論です」
「じゃあ、奈央子さんの家の最寄り駅に午後二時という事で」
「はい」
図書館は午後八時まで開いているけど流石にそこまでは出来ず、いつも午後五時半に終わらせて私の家まで送って貰っている。
私は悦ちゃんと金曜日に会う約束は京之介さんの勉強会を優先してキャンセルにしていた。だから明日の朝の時間を使って悦ちゃんに連絡を取る事にした。
私は部屋で問題集を開いているとスマホが震えた。奈央からだ。直ぐに画面をタップすると
『悦ちゃん、奈央子です』
『はい、どうしたの?』
『悦ちゃん、前に相談に乗ってくれると言っていた事なんですけど』
昨日キャンセルして今日連絡か、目の前しか見ていない感じがよく伝わってくる。取敢えず聞くしかないか。
『それで?』
『京之介さんとこれからどうして進めて行けばいいか分からなくて。最近は生徒会長の小手川詩織さんまで彼を狙っている様で』
この子、なんでこんなに自信ないんだろう?
『奈央、良く聞いて。あなたは、今早瀬京之介という男にひたすら無我夢中で迫って行っている。猪が突進するように。
それでは、いくら奈央が容姿端麗、頭脳優秀だとしても、相手があの子なら引いてしまうわ。
ここは一歩下がって、自分をよく見る事。もう彼はあなたの事を好きと言ってくれているんでしょう。クリスマスもキス位はしたんでしょう?』
『はい、なんとかそこまでは、でも後一歩先に行けなくて』
『あのさぁ、奈央の体ってそんなに安いの?もう少し自分を大事にしたら。なんでそこまで彼に抱いて欲しいのよ』
『だってそうすれば、もう将来の約束は出来たも同じだし、私しか見れない様にして貰えるし、他の人にも私達の事を認めさせられる』
駄目だ、この子。彼の事になると全く思考が退行していく様な感じだ。
『奈央、良く聞いて。はっきり言うね。今時高校生が体の関係を持った位で将来を約束したなんて思っているのは、あなた位よ。
そりゃ、大事な体だもの初めてを捧げた人と一生寄り添いたいと思うのは分かる。特にあなたの場合は余計にね。
でも彼の立場になってみなさい。体の関係が出来た位で、将来結婚の約束をさせられる。奈央しか見ない様にさせられる。奈央だけの自分にさせられる。なんて考えたら普通なら逃げて行くわよ。
彼が今でも奈央の傍に居るのは、あなたの事が本当に好きだからよ。でもキス以上に進めないのは、一度や二度抱いたくらいで結婚が約束をさせられたくないからよ』
『でも、私は…』
『奈央、彼はモテる。女性の体に興味を持って抱きたいと思えば、ちょっと声を掛けるだけで済むわよ。でもその子達はそれで彼と結婚出来るなんて思わない。
奈央、ここは冷静になって一度引きなさい。どうしても体の関係が欲しいなら、自分の口から言うのね。自分を抱いて欲しい。でもそれで将来を決めることは有りませんって。そしたら彼はあなたを抱くかも知れない』
私は、悦ちゃんの言葉にショックを受けていた。今時の高校生は体の関係位当たり前の事なんだと。そんな事で将来なんか決めないと。
彼が後一歩を踏み出さないのは、私が重すぎたからなの?でも私は彼と一緒になりたい。そして彼に一生尽くして行きたい。
『奈央、聞いている?』
『はい』
『とにかく猪突猛進の様に彼に突き進むのは止めなさい。私達はまだ高校一年生よ。結婚なんて考える年じゃないわ。もし彼と結婚したいのなら年齢と順番を守る事ね。結婚の話なんて大学生になってからだって早い位よ。よく考えてね』
『悦ちゃん、ありがとう』
『どういたしまして。とにかく、彼を落としたかったら、まず将来の事は切り離しなさい。そうすれば彼も貴方を抱いてくれるかもしれない。じゃあね』
奈央は、純粋過ぎる。高校生同士の体の関係なんて将来に意味なんて無いのに。私は、まだそっちには全く興味を持てないけど。あの男にそんなに夢中になるものなのかな?
私は悦ちゃんとの通話が終わってからも頭の中は整理が付いていなかった。体の関係を持ちたいなら将来の事はいったん断ち切れと。
私は彼と体の関係を持つ事で将来が約束されると思っていた。でもそれは違うと言われた。そんな事考えているのは私だけだと。
この抱かれたいという感情は何処から来ているの?彼と結ばれなくても彼に抱かれたいの?
分からない。どうすれば。でも彼の腕の中に居たい気もする。
もうお昼を過ぎてしまった。早く昼食を摂って、駅に向かわないと。彼と会える。でも私の気持ちは…。
俺は、午後二時十五分前に奈央子さんの家の最寄り駅に着いた。今日は稽古を簡単に終わらせた後、道場の大掃除をして終わった。
だから時間的に余裕も有ったのでシャワーをしっかりと浴びてゆっくりとお昼を食べる事が出来た。やっぱり稽古の後は汗臭いだろうからな。
奈央子さんは午後二時五分前に改札に入って来た。何故か顔が暗い。
「奈央子さん、大丈夫ですか。顔が暗いようですけど?」
「大丈夫です。行きましょう」
まだ、顔に出ているのね。出る時鏡を見て来たのに。
奈央子さんの口が重い、何か有ったのかな?でも理由が分からない限りこちらから話せない。
この日は、あまり話もせず淡々と宿題をした。そして奈央子さんの家の最寄り駅から彼女の家に向かう途中、凄い事を言われた。
「京之介さん」
「はい」
「もし、もしですよ。もし私が将来の事は別として、私を抱いて下さいと言ったら、そうしてくれますか?」
「……………」
何を言っているんだこの人は。全く意味の分からない事を言われて呆れていると
「ごめんなさい。こんなはしたない事を言う女なんて嫌いになりますよね」
いきなり走り出そうとしたので繋がっていた手をしっかりと握りしめて離さない様にしてから
「奈央子さん、いきない何を言っているんです。今日の午前中何か有ったんですか?今日は会った時からおかしかったですよ」
「実は…」
私は悦ちゃんから言われた事を掻い摘んで話した。
「はぁ、そんな事考えていたんですか。確かに四宮さんの言っている事は、正しいと思う所もありますけど。でも奈央子さんは奈央子さんでしょう。
人の話に流されないで自分自身に芯を持って行けばいいじゃないですか」
「では、抱いてくれたら結婚してくれるんですか?」
「奈央子さん!俺達はまだ高校一年生です。今から結婚を考える年では無いですよ。もっと高校生活を謳歌すればいいじゃないですか。
俺は高校生活を楽しみたいんです。それと…そんなに気安く抱いてくれなんて言わないで下さい。本当に俺がそうしたかったらその時言います」
「えっ!本当に京之介さんから言ってくれるんですか?」
「はい、でも結婚とかは別ですよ」
「はい、それでも構いません」
その後は彼女も落ち着いたようでゆっくりと彼女の家まで送って行った。その次の日からは大分落着いたようでいつもの口調に戻っていた。
そして二人共優秀な事も有るけど冬休みの宿題は三十日の午前中には終わってしまった。
「京之介さん、明日は?」
「部屋の掃除とかしたいので。それに元旦に会えるじゃないですか」
「そうですよね。ごめんなさい。どうしても京之介さんと一緒に居たくて」
「それは嬉しいですけど、会うのは明後日にしましょう」
「はい、では今日はこれで」
「また、明後日」
俺は、家に戻りながら考えた。あの時の流れで彼女を抱く時は俺から言うと言ったけど、多分俺から事は言う無いだろう。
もし言うとしたら、覚悟を決めた時だ。でもそれは今じゃない。明日は部屋の掃除しないとな。
――――
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます