第22話 杉崎涼子は考える
私は早瀬君と有栖川さんの仲のいい姿を見ながら反対側のホームから電車に乗った。窓から見る二人は手を繋いで本当に仲が良い雰囲気だ。それも有栖川さんが積極的な感じ。
どこで会うきっかけを作ったのかは知らないけれどこのまま彼女に早瀬君を独り占めされる訳にはいかない。
渋谷で乗り換えて埼玉方面の電車に乗った。ここから十五分で我が家の最寄り駅に着く。駅から歩いて十分。
世の中の言い方で言えば閑静な住宅街に建っている一軒家。サラリーマンのお父さんがお母さんと結婚してから長いローンを組んで買った家だ。
私は、玄関を開けると
「ただいま」
「涼子お帰り」
お母さんはパートで働きに出ている。玄関に出て来たのは、私の兄、杉崎誠也(すぎざきせいや)だ。
不登校になって三ヶ月位した時、兄の担任や生徒指導の先生から図書室や指導室で勉強してもいいから登校して、勉強するように言われた。
理由はこのままでは出席日数もそうだけど、学力が追い付けず高校が卒業出来ないと言われて、二週間位迷った挙句親とも相談して登校するようになった。
でも、あの頃の面影は微塵もなく、痩せこけた。なまじ背が高いだけに余計にその風貌が目立つ。
だから登校しても他の生徒には見つからない様に少し遅く行き、遅く帰って来る時も有れば、早く行って早く帰って来る事もある。
それが功を奏したのか、学力は悪事をしていた頃からすれば格段に向上している。先生達からも親にこのままなら何とか高校を卒業出来ると言われている。後半年だ。
「お兄ちゃん、お昼は?」
「まだ、食べてない」
「駄目じゃない。今から作ってあげるから、ダイニングに座って待っていて」
「ありがとう」
まるで覇気が無い。あれから二年近くが経った。もう精神的には戻ってもと思うのは素人の私の考えだろうか。カウンセリングも受けている。やはりあの頃は強がっていただけなのだろうか。
手洗いうがいをした後、制服のままエプロンをしてチャーハンを少し多めに作ってあげた。スープはインスタントだけど仕方ない。
「お兄ちゃん、全部食べないと駄目だよ」
「分かっている」
私は自分の部屋に行くと着替えてから今日の事を考えた。
早瀬君と有栖川さんが付き合っている。それは間違いない。どこまで進んでいるのだろうか。
見ている限りでは、恋人という程でもなさそうだ。早瀬君がまだ友達に域を出ていない様に見えるからだ。
しかし、プールに行った後、一度会ってそのまま進めばと思っていた。駒門祭の時は彼が生徒会の巡回役を任されていたので一緒に回る事が出来なかった。
夏目さんの事も聞いているが、それだけだったし他に女子が接触した噂は聞いていない。
だとすればあの二人は学内で二人の関係がバレるのを避けているからだ。分からないでもない。
早瀬君に好意を寄せている人や有栖川さんに好意を寄せている人が大勢いる。もし二人が付き合っていると分かったら、好意的に見る人よりも嫉妬や妬みで二人への苛めや嫌がらせが始まりかねない。それを恐れているんだ。
そうだ、明日明後日と代休だ。どちらか会えないだろうか。夜に電話してみるか。今連絡して二人で居たりしたら私が早瀬君に好意を抱いているのを知られてしまう。
あの人には分からずに事を進めないと。
杉崎さんがそんな事を考えているとは露とも知らない俺と奈央子さんは、巫女玉の中華キュイジーヌでお昼を食べていた。
「美味しいですね」
「はい、ここの餃子は逸品です」
「好きなんですか、餃子?」
「どこのでもいう訳ではないです。ここの餃子が美味しいんです」
「確かに。奈央子さんの嬉しそうな顔を見ると分かりますね」
「どうですか。ぱーこー麺は?」
「とても美味しいですよ。実言うと麺と言うと学食のラーメンか、インスタントしか食べた事無いので…。そういうのと比較しては失礼ですけど」
「ふふっ、正直で良いですね」
ゆっくりと食べ終わるともう午後二時半になっていた。
「奈央子さん、食べ終わったら、公園に降りる前にあるベンチで巫女玉川でも見ませんか。曇っているので富士山は見えないですけど」
京之介さんから誘ってくれる様になった。嬉しくて堪らない。
「はい、勿論です」
今日は待っている人も居ないので食事して少し経ってから外に出た。まだ、気温は高いけど川が近い所為もあり気持ちのいい風が流れている。
二人でお店を出て左に歩いて行くと池のある公園に降りる場所を過ぎて少し行くと正面が綺麗に開けた場所がある。木で出来たベンチは誰も座っていなかった。
一度ベンチの上をハンカチで叩いてから
「奈央子さん、これでいいですね」
「はい」
本当に京之介さんは優しく気遣いがある。今の事は私がしなければいけないのに自分からしてくれた。私は彼が座ってから隣に座ると目の前に広がる景色を見た。
「綺麗だ」
「はい」
私は彼の右手の上に私の手を添えるとゆっくりと彼の腕の方に寄りかかった。彼が拒否する仕草は微塵もない。嬉しい。
奈央子さんが俺の手の上に手を合わせると俺の方に寄りかかって来た。いい匂いがする。いつの間にかこういう事をされても抵抗がなくなった。
この人は学校では、凛として清楚な雰囲気を出しているけど、俺と会っている時はちょっと積極的になったり、茶目っ気たっぷりの可愛い女の子になったり、こんなに積極的な事も違和感なくしてくる。
たぶん、いやもう友達の範囲を超えているんだろうな。付き合っていると言っても間違いないんだろうな。
でも恋人って、これから先の事もするんだろうけど、そんな事どういうきっかけが有れば出来るのか。…そんな事したら校内でも公開しないと行けなくなるんだろうか。
やっぱりそれは不味いよな。今の俺達では悪意に対して防ぎようがない。俺はなんとかなるだろうけど奈央子さんはそんな事防ぐ事なんて出来ないだろうし。
やはり、二人共もっと同姓の友達を作ってそういう事を自然と防げるようにしないと。それまでは校内の公開は無理だ。
俺からすると同姓の友人かぁ。そうだ生徒会の加瀬なんかどうなんだろう。あいつとは二日しか会っていないけど良さそうな感じだし。お姉ちゃんからも聞けるか。
うん?
スー、スー、スー。
横目でチラッと奈央子さんを見ると目を閉じて寝てしまっている。起こすのは忍びないしまだこのままで良いか。
京之介さんが遠くを見る様な目で何かを考えている。横顔を見ているとその頬にキスをしたくなる。
だから私は彼の腕に寄り添った。途中から彼の腕に私の両腕を巻き付けて寄りかかっている。気持ちがいい。彼の匂いが一杯する。このまま…。
奈央子さんが触っていない方の手でスマホをオンにすると、えっ、もう午後三時を過ぎている。仕方ないか
「奈央子さん、…奈央子さん」
起きないので、少しだけ彼女の頭を撫でて気が付く様にすると
「う、うう、うーん。……えっ、あっ。私とした事が」
「気持ちよさそうに寝ていましたよ」
彼女が下を向いて耳まで真っ赤にしている。
京之介さんに寝顔を見られるなんて。なんてはしたない。顔が上げられない。
「大丈夫です。奈央子さんの可愛い寝顔は俺しか見て無いですから。えっ、痛い」
私は恥ずかしくなって下を向いたまま彼の腕をポカスカ叩いた。
「恥ずかしい事言わないで下さい。見ても見たって言わないで下さい。京之介さんのイジワル」
俺が悪いのか?
「帰りましょうか」
「はい、明日も会ってくれるんですよね」
「勿論です。ここの改札午前十時でいいですか?」
「はい。あのう」
「はい、我儘言って良いですか?」
「何でしょう?」
「今日家まで送って頂けますか?」
「明日にします。今日は制服なのでちょっと」
「…そうですよね。でも明日は送ってくれるんですね」
「そうして欲しいなら。でも良いんですか?」
「はい」
――――
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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