第18話 もっと距離を詰めたい子


 二学期に入って初めての日曜日。午前九時四十分俺は巫女玉の改札にいる。奈央子さんと会う為だ。


 夏目さん達と一緒に帰った日は随分奈央子さんから焼餅を焼かれた。そして私はもっと近づきたいと言って来た。どういう事かと聞いたけど、それは今日会ってからという事だった。


 エスカレータを降りて来る彼女の姿を見つけた。九月初旬はまだ暑い。長い艶やかな髪の毛はそのままに紺のミニスカートに白のTシャツだ。肩からはクリーム色のバッグをつっている。

 何とも彼女の魅力が前面に出ている感じがする。


「おはようございます。京之介さん」

「おはようございます。奈央子さん」


「早速ですが、ちょっと来て下さい」

「何処へ?」

「ついて来れば分かります」


 彼女は俺の手を取って改札を右に曲がり二階に昇った。公園に行くのかなと思ったら途中で階段を左に降りた。何処に行くんだ?


 そして中段から横に入ると駐車場との間の踊り場が在る。そこに来ると足を止めて俺の目の前に来ると

「京之介さん」

 いきなり抱き着いて来た。俺の腰に手を回してがっしりとくっ付いている。えっ?!


 訳が分からずにそのままにさせておいたけど離れない。上着はTシャツなだけに十分に彼女の素敵な体を感じてしまっている。そして顔を上にあげて


「狡いです。他の女の子とあんなに話したり帰ったりして。私は京之介さんの正式な友達です。だからこうして京之介さん成分を思い切り貰うんです。私だけの権利です」


 そういう事かよ。でも俺の成分ってなんだ。何となく彼女の気持ちも分かったので軽く彼女の腰に手を回してあげていると、足音が聞こえて来た。


 直ぐに二人共離れていかにも何か話をしている風に装っているとこっちに来たのは車のキーを手でクルクル回しながら歩いて行く中年のおじさんだった。駐車場から来たんだろう。その人が階段を上がって行くと



「京之介さん、もう一度」

 今度は流石に止めて


「さっきので我慢して下さい」

「でもう…」

「また今度」


 俺だって嬉しいよ。こんなに綺麗な人と抱き合うなんて。でも俺のメンタルが我慢出来なくなる。俺だって健全な高校生だ。


 それにまだ早い、お互い何も知らないんだ。心が決まらない限り次のステップには行けない。

 奈央子さんは、それでも少しぐずったけど、何とかなだめすかして元の方向へ歩いた。



 もう少しだったのに。あのまま口付けをすれば一挙に縮まる。それなのにあのおじさんがチャンスを壊した。でも仕方ない。次のチャンスを待つんだ。あまりしつこいと嫌われてしまう。



 俺は、二階に戻ってから

「まだ時間は早いですね。どうしましょうか。奈央子さん」

「京之介さんの思いのままで」


 また難しい事を言ってくれる。さてどうするかな。空は花曇り。気温は高いけど風もあるので爽やかだ。


「奈央子さん、初めて会った時と同じになりますが、午後から映画でも見ますか。そしてそれまでは散歩と食事で時間を潰しましょう」

「はい」


 私は、京之介さんの考えにそのまま従う事に決めていた。でも、ふふふっ、やっぱり女の子とのお付き合いは無かったのですね。


 いい方や内容が未経験者の様です。そういう私も男の人をこんなに好きになったのは初めてなので人の事言えないですけど。



 俺達は公園で適当に時間を潰した後、食事をする事にした。同じ所に行くのは芸がない。

 だけど、ここには良く来るが食事をするという事がほとんどなかった。家の最寄り駅は隣駅だ。ここで食べる理由が無かったからだ。


 しかし、俺が言った以上、どこかに連れて行くしかない。だから

「あの、奈央子さん、辛い物も大丈夫ですか?」

「辛い物ですか。良いですよ」

「では行きましょうか」

「はい」



 俺は改札の左斜め前、階段を上がってすぐ右のビルに入った。エレベータで八階に行くと待っている人は居なかった。


 直ぐに店員が案内してくれた。席に座ってメニューを見ると

「結構辛そうですね」

「でも辛さ普通ならそれ程では無いですよ」

「そうですか。ではこれにします」


 彼女が選んだのは野菜と豚肉ベースの定番的なスンドゥブ。でも選択した辛さが、えっ?四倍?俺もそれ辛いけど。


 俺は海鮮を選んだ。辛さは俺も四倍ちょっとチャレンジだ。二人が頼み終わると

「京之介さんは良く来るんですか?」

「偶にですけど来ます」

「そうですか。実言うと私ここも良く来るんですよ」

「えっ?!」

「巫女玉は渋山より利用しています。私の家はここから三駅、学校とは反対方向に行った駅です。だから利用が多いんです」

「驚いたな。学校まで八駅も有るじゃないですか」

「そんなに苦にはならないです」

「そうですか」



 注文の品が運ばれて来た。ブクブクと地獄の窯もこれほどかという真っ赤な液体が煮えたぎっている。俺がそんな事を思っていると

「美味しそうですね」


そう言ってスプーンを手に取ってその熱いスープをすくってフーフーした後、口に入れた。熱くないのか?


「美味しい」

「熱くないのですか?」

「はい、結構熱いのは得意です」



 それから二人でフーフーしながら食べ終わろうとした時だった。

「あっ!」


 なんと、真っ白なTシャツに真っ赤な染みが付いてしまった。

「私とした事が」


 彼女はバッグから自分のハンカチを出すと水に付けてパンパン叩きながら拭いた。

「取れないですね。このままでは歩けないです。このビルの中に確か○○クロが入っています。そこで着替えを選びましょう」

「はい」



 階下にある〇〇クロの女性用品売り場に行ったのだが、中々気に入ったものが無いらしく、結局道路挟んで前にあるデパートに行く事になった。


確かに最初来ていたTシャツ、俺でも知っている有名なブランドだよな。やっぱりこっちの方がこの人には似合っている。


 こちらに来て十分もしない内に二着ほど選んだ。

「どちらがいいですか?」


 全然分からない。持って来たのは今着ているブランドと別のブランドだ。値札はとても俺の手に届く値段ではない。


「うーん、両方共似合うと思うのですけど」

「では、試着室で選びましょう」


 俺が女性用品売り場の試着室に居るなんて…。まわりのご婦人からの目が痛い。

「京之介さん」


 試着室から顔を出して俺を呼んだので行って見るとカーテンを開けて

「どうかな?」

「とても似合っています」

 可愛いワンポイントプリントの付いたTシャツだ。


「では、次の着て見ますね」

 また、カーテンを閉じて着替えている。カーテン一枚隔てて彼女がブラ一枚だと思うと心臓に悪い場所だ。

 また、カーテンを開けて


「どうかな?」

「似合っています」

「どっちがいいですか?」

 さっきよりシンプルだがこちらの方が似合っている。


「こちらの方が良い様に思います」

「じゃあ、こちらにしますね。ちょっと待って下さい」


 もう一度元の洋服に着替えると会計に行った。カード払いだ。俺まだ持ってないよ。


「京之介さん、これにもう一度着替えます。試着室に来て下さい」

「俺がですか?」

「お願いします」


 彼女、着替えるだけなのになんで俺が行くんだ。仕方なく付いてくとまた彼女は試着室に入った。そして着替えが終わると何故か元着ていたTシャツを

「えいっ!」

「えっ?!」


 なんと俺の顔に付けて来た。何なんだ?でもとてもいい香りがする。彼女の匂いなのかな?でも直ぐに取ると

「私の成分も貰って頂けました?」

 私の成分ってなんだ?


「ふふっ、京之介さん、顔が赤いです」

「だって…」

 積極的な所もあるんだな。


 俺の手から自分が着ていたTシャツを紙袋に入れてしまうと

「まだ、映画間に合いますね。行きましょうか」


 こんなに清楚で綺麗な人なのに結構茶目っ気有るんだ。でも良い匂いしてたな。


 俺達は、映画を見た後、前にも入った二階の隅にある喫茶店入った。話していた時、

「京之介さんのクラスは駒門祭文化祭の時、何するんですか?」

「占いとカードゲームだそうです。俺は全く役に立たないので裏方です」

「そうですか。駒門祭、他の女子と回らないで下さいね。本当は私が京之介さんと回りたいんですから」

「約束したいんですけど…。クラスの中の事も有るし」

「古城さんと夏目さん達、それに1Cの杉崎さんですか?」

「何でそれを?」

「大好きな京之介さんの事です。知っています。でも彼女達と回ったら私、もう我慢出来なくなります」

「奈央子さん、約束です。我慢して下さい。俺も極力避けますけど…。それにカモフラージュになるじゃないですか。

 いずれ、奈央子さんとの事は皆に知らせる時が来ると思います。それまで待って下さい」

「分かっています。でも…。早くその時を来させたいです」

「俺も嬉しいですけど、今はお互いに厳しいですよ」

「分かっていますけど……。分かりました。我慢します。でも一緒にいても極力短い時間にして下さいね」

「分かってます」


 ここまで焼き餅焼きとは。でも奈央子さんとの距離ってどうやって詰めればいいんだ。……短気は良くない。ここはこの人とゆっくり歩かないと。必ずそういう時は来るはずだ。


―――― 

次回をお楽しみに。

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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