第5話 有名になって良い事なんか一つもない

前一部だけ前話と前後します。


―――――


 体育祭が無事に終わった。俺が帰ろうとすると古城さんが

「ねえ、早瀬君。駅まで一緒に帰らない?」

「いや、でも俺、智と一緒に帰るから」

「京、俺は弥生ちゃんと一緒だから先に帰って良いぞ」

「おい、智…」


「ねっ、一緒に帰ろ」

「古城さん、抜け駆けは駄目って言ったでしょ」

「え、でも…」

「でももなにもない」


 俺は、女子達の会話を余所にサッと教室を出て昇降口に向かった。

「あっ、早瀬君」


 全く、碌な事が無い。こんな事になるから世の中目立たない事が一番いいんだ。



 次の日の土曜日は午前中だけ稽古に行った後、家でごろごろしていた。まだ高校生始まったばかりだし、特に勉強に力を入れる必要はない。

 お姉ちゃんは思い切り受験生で隣の部屋で朝からずっと勉強をしている。

「愛理、京之介、ご飯ですよ」

「「はーい」」



 うちの親は二人とも仕事をしている。お母さんはお姉ちゃんが生まれる前まではOLをしていたが、それから俺が生まれて小学校三年になるまで仕事をしなかった。


 今は、月曜から金曜までパートで働きに出ている。だから土日はいる。お父さんも週休二日制らしく土日は会社が休みだけど、接待とか言って偶にゴルフに出かけている。ごく普通の家庭だ。



 お母さんが作ってくれたお昼を食べ終わった俺は、自分の部屋の中でラノベを読んでいた。俺を見たお姉ちゃんが、


「また、ゴロゴロしている。偶には外に遊びにでも行ったら」

「止めとく、何となく嫌な予感しかしないから」

「そう。でも少しは出なさい」

「はーい」


 生返事だけしておいた。さっき智に連絡したら、忙しいと言っていた。どうせ碧海さんとイチャイチャしているんだろう。全く。



 月曜日、いつもの様に学校の最寄り駅を降りて学校に向かっていると何となく周りから見られている気がする。


 学校に着いて昇降口で下駄箱から上履きを取出そうとして…。何だこれ?ピンクや白のカードが入っていた。

 取敢えずそれを取出してポケットの中に入れて上履きに履き替えると教室に向かった。


 教室に入ると珍しく智がもう席に居た。智は俺の右隣りに座っている。ちなみに左隣りが古城さんだ。

「智、おはよう」

「おう、おはよ、京」


「おはようございます、早瀬君」

「おはよう、古城さん」


 俺は、バッグを机の横のフックに掛けてからポケットに入れてあったカードを出すと智が

「なんだそれ?」

「下駄箱に入っていた」

「へぇ、告白かな?」

「別に見ないからいいよ」

「えっ、早瀬君見ないの?」

「だって、見たら行かないと行けなくなるでしょ。それにそういうの苦手だし」

 早瀬君には直接言わないといけないのね。なるほど。


「しかし、当面続きそうだな」

「勘弁してほしいよ」



 それからは学食に行く時も食べている時も、中休みに廊下を歩いている時もずっと他の生徒と言っても女子が多いけど、ずっと見られていた。もう疲れるよ。


 そんな日が六月も半ばすぎた頃、下駄箱のカードは、毎日では無くなった。やっと下火になったか。


 まあ、みんな、一時の熱みたいなもんだろう。その内冷静になって俺を見れば飽きて何だと思う様になるさ。



 六月も後半になった土日、例によって家でゴロゴロしているとお姉ちゃんが

「もうすぐ、一学期末考査でしょう。勉強しなくていいの?またつまらない事考えていないわよね」

「えっ、い、一生懸命やるつもりだから」

「つもりじゃなくて、ちゃんとやりなさいよ」

「はーい」

 

 普段から予習復習はしているし、来週から考査ウィークだ。まだ何もしなくても問題ない。

 でも部屋にいると色々言われそうなので本屋に行く事にした。新しいラノベでも買おう。


 俺の家は学校から四つ目。ちなみに智の家は学校の隣駅。そして俺が行こうとしている巫女玉は、学校とは反対方向に隣駅。でも渋山は学校の隣駅。定期使えば同じ料金だ。さてどうしたものか。


 駅まで行くうちに考えようと思って自然と渋山に足が向いた。駅の近くの地下に大きな本屋がある。

 ラノベは巫女玉の本屋より多かったはずだ。


 渋山に着いて、エスカレータを三本昇って地上に出る。階段を使ってもいいが急いでいないのでエスカレータに乗ることにした。

 しかし、いつもながら人が多い所だ。これだけなら巫女玉の方が良い。


 そんな事を思いながら本屋に行って単行本が置いてある棚の方に歩いて行く。ここは結構な量の単行本がある。


 端の方から順に見ていると

「早瀬君」


 こんな所で俺を知っている人はいない筈と思いながら声を方を振り向くと…誰だっけ?顔は何となく覚えているのだけど。白いハイウエストのスカートと水色のブラウス。中々可愛い格好している。


「酷いなぁ。私を忘れたの?」

「済みません。顔は何となく覚えているのだけど」

「1Cの杉崎涼子よ。廊下で二回程すれ違ったでしょ」


 いや、それだけで名前は分かりません。


「そうね。挨拶してないものね。覚えておいて杉崎涼子」

 そう言えば、智の彼女の碧海さんがそう言っていたな。


 ふふっ、幸運だわ。暇だったので一人で渋山の本屋に来たらなんと早瀬君と会う事が出来た。ラッキーかも。


「何か探しているの?」

「いや、何となく良い本無いかなぁって感じ」

「へぇ、私もそんな感じで来たんだ。どんな感じの本読むの?」

「その時都合、決めてない。目に留まった題名で裏表紙に乗っている前書きをチラッと読んで気に入ればって所。だからジャンルあんまり関係ない」

 ラノベとか言うとオタクと勘違いされるからな。


「ふふっ、私もよ。気に入った本見つかった?」

「今来たばかりだから」

「ねえ、時間有るなら〇ックかトドールにでも行かない?」

 うーん、ほぼ初対面の子とそういう所に行くのはなぁ。


「ごめん、初めて会った人とそういう所に行くのはちょっと」

「えっ、良いじゃない。何か問題あるの?」

「問題とかじゃなくて、メンタルな所かな」

「そうなんだ。じゃあ次に会った時は入る事が出来るね」

「ま、まあね。じゃあ」


 俺は居辛くなって本屋を出てしまった。



 ふふっ、あんな事が無ければ…。


 私は私立駒門高校に入学した。私には少し難しい高い偏差値だったけど、中学の知り合いがいない所に入りたかったからだ。


 理由は、兄の事。私が中学三年の初めの頃、高校生だった兄は素行の良くない連中と付き合っていた。


 そして馬鹿な事に街中で目を付けた女の子をその馬鹿な連中と一緒にビルの陰に連れ込んで暴行しようとした。


 ところが滅茶苦茶喧嘩の強い男の子に見つかり全員が叩きのめされた挙句、警察と救急車を呼んだものだから、あっという間に噂は広がり、兄は退学になった。


 転校先でも噂は流れていて結局兄は不登校になったままだ。このおかげで私は女子を襲う最低な男の妹というレッテルを貼られて生徒全員から無視された。声を掛けても答えてくれる人なんか誰もいない位に。


 嫌がらせこそされなかったけど、今迄仲良くしていた女子達も口も利いてくれなくなった。とても辛かった。


 いまでも覚えている兄をやったのは早瀬京之介という名前の男子。兄達が襲ったのは有栖川奈央子という女の子。


 でも私はそこにいなかったから襲われた男の子の顔も女の子の顔も知らない。名前を聞いただけだったから。



 それからこの高校に来て何と兄達が襲った有栖川奈央子が居るという噂を聞いた。1Aの女子で入学式の時、新入生総代をやったから直ぐに分かった。


 確かにとても綺麗な女の子で一週間もしない内に学内一、二を争う美少女とまで言われている。


 普段から自然と彼女に目が行った。そしてこの前の体力測定の日。彼女が視線を止めた先に一人の男子が居た。


 体力測定を始める時、本人が言っている名前に私は驚いた。早瀬京之介。信じられなかった。兄を不登校にまで追いやった張本人。


 見る限りは喧嘩も強くなさそうだし、身長だって兄の方が高い。あんな奴が兄達を叩きのめしたのか。信じられない。


 でもこの時は何をする気にもならなかった。兄が悪いのは明白だからだ。だけど心の中では彼に対するわだかまりがあった。


 でも、早瀬京之介は私の好みの男子でもある。そして生徒会長の弟というステータスもある。


 だからもし、友達、いえ恋人になって彼にぐっと近づいて隙が見えた所でチャンスが有れば兄の復習をするという考えも捨ててない。

 でも今はそんな事より彼と友達になりたい。心の中でちょっと葛藤が起こっていた。


――――

書き始めは皆様のご評価☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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