第4話 鼻の利く獣人

「(誰だよ。この世界に女性の知り合いはいないぞ)」


「ゴメンゴメン、咳き込むとは思ってなかった」


 春秋は何故かその声に聞き覚えがある。


「(待てよ、この声は……。まさか)」


「(ギルドにいた獣人の女性か!)」


 動揺が雰囲気に表れないように、ゆっくりと顔を上げる。


「(やはりそうか。どうやってここまで追ってきたんだ?)……何か用ですか?」


 突き放さず丁寧に、ただし親近感を与えない物言いで質問する。


「いや、珍しいと思っただけ」


「食べ方が、ですか?」


「匂いが」


「(こいつ……。いやしかし、血の匂いが染み込んだ服を着ているが、血の匂いなんてどれも同じだ。探りを入れているのかもしれない)……匂い?そんなにクサいですか?」


「うーん……、血の匂い、それも人間の血の匂いがするんだよね~」


「(血の匂いを追ってきたってことね。流石は獣人といったところか)……実は、今朝から鼻血が止まらなくて…。やっと落ち着いたところなんですよ」


「ふーん、そうなんだ。……ところで、キミはさっきまで何してたの?」


「(ここはあえてウザくして相手を煽るのが得策だな。化けの皮を剥ごう)……そんなに俺のことが知りたいんですか?何ですか、ナンパですか?ごめんなさい。あんま好みじゃないので、帰っていただいてもよろしいでしょうか」


ドンッ!バキッ!!


 獣人の女性が机を強く叩き、机が割れる。


「(力強すぎだろ…。流石獣人といったところか)」


「巫山戯るな。アンタがヤッたんだろ。アイツらを」


「(やはり俺を疑っていたのか。ボロを出さないように気をつけないと。面倒事は避けたい)……一体全体、何の話しをしているんですか?理由も分からずに詰問されているこちらの身にもなってください。どう考えても『巫山戯るな』は、俺の台詞ですよ」


「はぁ?だから…」


「まあまあ落ち着いて、ね。あと、お姉さんは机弁償してね」


 獣人の女性と春秋の間にシエラが割って入る。


「店としてはお客様の喧嘩にはあまり立ち入らないけど、店や他のお客様に迷惑を掛けるなら出禁ですよ」


「チッ」


 獣人の女性は舌打ちをして食事場から出ていく。


「(女って怖えぇぇ…)あ、ありがとう。シエラちゃん」


「ありがとう??ハル兄もハル兄だよ。あんまり女性を怒らせちゃダメだよ」


「(……………まあ、確かに)分かった、気をつける。……一応後学のために聞いておくけど、これって汁に浸して食べるの?」


 春秋はパンのような何かを指差す。


「??食べやすいほうで食べれば良いんじゃない?」


「ああ、そうだね。うん、美味しいよ」


「良かった」



 春秋は食事を終え、部屋に戻り一息つく。


「はぁあ〜、疲れた」


 ベッドに腰をかけて考え事を始める。


「(しばらく、ギルドには関わらないほうがいいな。3日くらい様子を見るか。金は心配だが【知識】を使えば、山ん中でなにか食べられるもんくらい見つかるだろ。【知識】になかったらダグラスさんに聞けばいい)」


「(戦闘面に関していえば、【コピー】だけでは魔王には届かないと思われる。やはり《魔法》だ。【コピー】を介さず、俺自身で《魔法》を使える必要がある)」


 【コピー】はコピーした対象の経験や技術すらコピーできるが、時間制限があり、超過するとその経験などは消失してしまうのだ。


「魔法の練習でもしてみるか」


「《精神魔法ー認識阻害》」


《精神魔法ー認識阻害》不発。


「あー難しい。発動すらできないのか」


「(イメージしろ。【コピー】した感覚を思い出せ。その感覚通りに魔力を変質させるんだ。イメージと魔力の波長を合わせろ)」


「《精神魔法ー認識阻害》」


《精神魔法ー認識阻害》不発。


「ムズっ!あ~悔しい〜!」



 《魔法》の練習を繰り返す間に夜が明けてしまう。


「ふ、ふはははは、ハハハは」


「やっとだ。やっと使えたぞ!」


「《精神魔法ー認識阻害》」


《精神魔法ー認識阻害》発動。


「ハハハハハ」


《精神魔法ー認識阻害》解除。


「あ、切れた」


 集中が途切れたせいで《魔法》が切れる。


「(《魔法》を使うには現時点でかなり集中する必要がある。もっと練習しないといけないな)」


コンコンコン


 誰かが部屋をノックしている。


「はい?」


「朝食できたよ~」


「(シエラちゃんか)分かった。いま行く」


 途中でバッタリと昨日の獣人女性と会う。


「ゲッ」


「(『ゲッ』はこっちの台詞なんだが)おはようございます。昨日はどうも」


「チッ」


 舌打ちをして食事場へ向かう。


「(かなり嫌われているな。俺も食事場に行くから気まずい)」


「おはよう、朝食お願いします」


 春秋は30エムを支払う。


「はい、どうぞ!」


 シエラちゃんから食事を受け取り席につく。皿の上には少量の薄切り肉と目玉焼き、それにパンのようなものが置かれている。


「となり、いいか?」


 春秋は食べ始めようとするが、そこに例の獣人女性が声を掛ける。

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