6.変化
家の中は私の心を反映したみたいに薄暗い気がする。「おえへんのや」彼の言ったその言葉が頭の中で反響している、おえへんのやとはどういう意味で彼は言ったのだろう、一度気になると他のことは考えられなくなっていた。この家と私はもう同じ、共に消え、共に生き、共に滅ぶ。しかし、あれは違う。あれは何故家族の振りを、真似をするんだろうか。
「あーかーりちゃん」
「⋯⋯」
「いい? 行ってもいい?」
あれはただ待っている、答えが帰ってくるのを。一階の階段近くで上ん覗いている姿が頭に浮かぶ。
「あぁーーぁあーかーりちゃん」
「あーかーりちゃん」
「あーかーりちゃん」
声が誰かの真似をしている。もはや誰でもなく誰でもある。そろそろ階段を上ってくるのかも知れない。部屋は鍵を閉めてある。
「あーかーりちゃん、そっちに行ってもいい?」
「あーかーりちゃん、そっちに行ってもいい?」
ドンッ、ドンッ、ドンッ。何かを叩く音がする。あれらも苛立ちを覚えているのだと、直感が告げている。
「あーかーりちゃん、あーそーぼぅ」
「あーかーりちゃん、あーそーぼぅ」
子どものような舌足らずな声に変わり出す、私が耐えかねて返事をするのを待っているのだろう。あの日のたった一度以降私の声で私を騙って返事するものは何故かいない。
下の階では時々何処かの部屋のドアを開けようとする音が響く。
ガチャガチャ⋯⋯ガチャッ⋯⋯ガチャッ⋯⋯ガチャガチャ。コンッ⋯⋯コンッ⋯⋯。ドアを拳で叩く音。
「あーかーりちゃん、あーそーぼぅ」
ドンッ⋯⋯⋯⋯ドンッ⋯⋯、ドンッ⋯⋯ドンッ⋯⋯。返事もしていないのにあれらはいよいよ階段を上がって来れるようになっているようだ。
「あーかーりちゃん、あーそーぼぅ」
トンッ、トンッ、トントン。距離は近くなっているガチャッ⋯⋯ガチャ⋯⋯、ガチャッ⋯⋯ガチャ⋯⋯。ガチャガチャ、ガチャガチャ。いよいよこの部屋のドアノブが何度も回り戻って回りを繰り返している。鍵がかかっているから開かないものの気配はドアのすぐ前だ。
「あかりちゃん、いるんでしょ」
「あかりちゃん、あかりちゃん、あかりちゃん」
日に日にあれらは人間じみた言葉を使うようになっている。
「あーーかーりちゃん、あーかーりちゃん、あかりちゃん」
声色が変わり続けている。色んな人の声で私に開けさせようとしている。あれらは何が目的なのだろう。幻覚だ、幻聴だと、割りきっていたはずなのにもうすでに私はあれをそういうものだと結論づけていた。おかしなものだと自嘲したくもなる。しかし、あれらが今のところ勝手にできるのは私ひとりの時だけで両親が帰ってくる頃には失せている。だから我慢していればいい。
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