創作バーの特製ドリンク

冬野 向日葵

ようこそおいでなさいました

 鈴の音とともにドアの向こうから現れたあなたに、カウンターの店主は語り掛けます。

「おや、はじめましてのお客さんかね」

 あなたは十個並んだ椅子の一番奥に座り、手を挙げて店主を呼びました。

「見たところ初心者みたいだが、君も物語づくりに興味があるんだね」

 コクリとうなずきます。

「なら君も僕たちと同じ同志だ。ちょうど新しいドリンクが入荷したんだ。せっかくだから試してみるかい?」

 首をかしげていますね。

「僕たち創作バー『Katari』の常連さんには脚本家やプロ作家なんかもいてね、その人たちにも好評の新しい飲み物が入ったんだ。君も同志なんだから遠慮せずに頼みたまえ」

 あまりよくわかっていないご様子。

「新しい機械『世界絞り』が入荷したんだ。これで作ったドリンクは、ストーリーの役に立つんだ。著名作家たちの必需品さ」

 おや、話に聞き入っていますね。ちょっと興味がわいてきましたか。

「世界の素をブレンドして、いろんな世界設定を試し飲みすることができるんだよ。ほら、世界の素のカタログだよ」

 店主が差し出したのは一冊の薄い冊子。

==========

舞台の素一覧

・剣と魔法のファンタジー世界

・青春を謳歌する高校世界

・倫理観のないデスゲーム世界 etc……


主人公の素一覧

・冴えるところはないけど根はやさしい男子高校生

・コンプレックスから生まれる力強さが特徴の女剣士

・行動力はピカイチな女子小学生 etc……

==========

「こんな風に舞台と主人公の二種類の素を組み合わせてブレンドするんだ。もちろん、複数の素を組み合わせてオリジナルの設定を作ることも可能だよ」

 じっくりと眺めて、いくつかを指さしました。

「ほう、『いじめの絶えない学園世界』と『妹だけが癒しのお兄ちゃん』か。いいね、こういうのはとにかく色んな組み合わせを試しまくるのが大事なんだ」

 そう言うと店主は、さっそく奥のほうへ向かいました。しばらくして戻ってきた店主の手には、緑の液体が入った一杯のグラスが。

「お待たせ。これが注文の品だ。よく味わうんだよ」

 するとあなたは、チビチビと飲んでいきます。おや、少し表情が変な気がしますよ。

「あまり合わなかったか。まぁ、そういうときもあるさ。ほら、どんどん試したまえ」

 どんどんカタログに指をさしていきますね。どうやら乗り気なようで。

「おう、どんどん作っちゃうよ」

 店主は奥へと向かい、ドリンクを作っていきます。


……

「待たせたな。しかしすごいよ、十五杯も飲むなんて。君、作家の素質あるんじゃない?」

 その声を片耳に一気飲みして――おやおや、吐いちゃいましたか。

「あぁ、一気にたくさん作ると、『世界の悲鳴』って呼ばれる雑味が出てきちゃうんだ。創作した世界の住民が激怒してるとかなんとか……何、気にすることないよ」

 そう言われても気持ち悪そうですが、大丈夫でしょうか。

「まぁ、無理をする必要はない。なら、これがお会計だ」

 店主は一枚の紙を差し出します。

 それを受け取ったあなたは……固まっていますよ。

「まぁまだ『世界絞り』は新しい機械だからね。ちょっと高くなっちゃうんだ。ごめんね」

 あなたは札束をポンと置いて、逃げるように店を出ていきましたとさ。

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創作バーの特製ドリンク 冬野 向日葵 @himawari-nozomi

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