7 俺が先か、鶏が先か
それはある秋晴れの月曜日、俺はいつものように、ふらふらと商店街を歩いていた。すると、五メートルほど先に一羽の鶏がツタツタと駆けているのが見えてきた。
もちろん俺の方が早いから、じきに追いついく。商店街の連なった軒先も途切れ、橋が見えてきた頃には鶏のすぐ後ろまで来ていた。
そしてその鶏は橋の手前できびすを返すように向きを変え、橋を渡らず川に沿うように歩き始める。三番目の橋まで来ると、やっと橋を渡り住宅地に入っていった。
あいつはこんなところまで来て何をしているんだ、としばらく後を追いかけていると、ある民家の玄関前に立ちドアをくちばしでつついた。やや間があってドアが開き、鶏は中へ入っていく。そして、数秒も経たないうちに、あの鶏が飛び出してきた。
俺には鶏を見分ける能力なんて無いが、同じ奴だということはわかる。今度はどこに行くんだろうか? 気になった俺はまた鶏の後を追うことに決めた。どうせアパートに帰っても、昼間から酔いつぶれて俺にからんでくる隣部屋のオヤジしかいないからな。
ツタツタ歩く鶏の五メートル後ろを同じ間隔を保ちながら俺は歩を進める。尾行すること早十分。あいつが頭の良い奴だということがわかった。
信号を理解しているのか、それとも単に車が怖いだけなのか。横断歩道の一メートルほど手前で立ち止まっている。そして信号が青になれば左右を確認し、また歩き出したのだ。
だがそれだけではなかった。あいつはパンの屋台前まで来るといきなりこっちへ振り向いた。そう、奴は俺が尾行していたのを知っていたのだ。思わず目を合わせてしまう。
あいつの目は語っていた、『パンを買ってくれ』と。いや、俺が勝手にそう解釈したのかもしれない。別に買ってやる義理はないが、ちょうど俺も腹が減っていたところだ。しょうがなく、ついでにという事にして食パンを買ってやることにした。
俺は近くのベンチに腰掛け、足元で地面をつついているそいつに、ちぎったパンの切れ端を投げる。ったく、いい御身分だこった。
ふと、左腕に巻いたボロボロの腕時計に目を向ける。もう四時を廻っていた。どおりで人の群が多いわけだ。横を通る人たちが何事かとこっちを一瞥しては過ぎていく。
アイツ等から見た俺たち二人の組み合わせは、さぞおかしかったに違いない。だが俺は、この鶏が今の自分であるように思えてならなかった。
毎日街をぶらつき、腹がヘれば何か買って食べる。また街をぶらつき、疲れれば家に帰りベッドで寝る。
もしかするとこいつは神に見放されたもう1人の俺なのかもしれない。
「おい、帰るぞ」
自分に言い聞かせるようにかすれた声でそう言い放つと、いつもより明るい商店街を家に向けて帰る俺だった。
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