6 手の平タイムマシン

 それはもうみんな忘れたと思っていた。同窓会が始まり先生がみんなに話すまでは。


「それでは十年ぶりにタイムカプセルを掘り起こしたいと思いまーす!」


 クラス代表のNがそう声を上げてからちょうど一時間がたっていた。確かに校庭の端にある大きな松の木の根元に埋めたはずだった。


 埋めた場所は忘れないようにと、先生のPCのHDDに画像データとして大事に保管されていたんだ。間違うはずもない。けれどいくら掘っても見つからなかった。


 『校庭端の大きな一本松の一番太い根っこの横』と書かれた先生のオリジナルイラストとともに添えられたそのプリントアウトされた紙を皆まじまじと疲れきった顔で見つめる。


「おいおい、本当にここであってるのか? なあ、先生。先生が間違って記録したんじゃないの? 全然見つかんねーよ?」


 そんな声があちこちからわき上がるが先生は間違ってないと声を荒げる。


「いいや、間違っているわけないだろう? ほら、みんなでどこがいいかしっかりと話し合ったじゃないか、覚えているだろう?」


「まあ、その。そん時のことはあんまり覚えてねーけどさ。じゃあ、なんで見つかんねーんだよ。間違って前の卒業生の時に掘り起こしたんじゃねーの?」


 Nはそうため息を吐きながら座り込む。それを見たみんなも力が抜けたようにぐたっとその場に座った。まあ、あれから十年もたっているんだ。見つかる方が奇跡に近いのかもしれない。皆、二メートルほど掘った深い穴を見て肩を落とした。


 その時、クラスの一人が思い出したかのように立ち上がる。


「あっ、そう言えば三年前に道路の拡張工事か何かで松の木を掘り起こしたんじゃなかった? 今あるのはその木を植えかえたもので……」


 みなもそうだったと思いだす。それと同時にため息をついた。


「じゃあ、あれか? いま俺たちのタイムカプセルってあの道路の下に埋まっているってことか? はあ、ふざけんなよ、俺たちの時間を返せよこの野郎!」


 みんなも手に持っていたスコップやシャベルを投げ捨てる。そしてそのままほとんどの人が用事があると言って帰って行った。残ったのは僕と先生とNだけだった。


 僕たちも帰ろうとしたのだが、穴を埋めていけという先生の言葉に止められたのだった。そして不意に、Nは僕に話しかけてきた。


「なあ、みんな変わってたな。まあ、お前もだけどさ。いや、その、いま何やってるの? やっぱり家ついでる? ていうか何屋だっけ? お前んち」


「え? ああ、そうだね。いや、別に、なにも。家はついでないよ、フリーターやってる。なんか、家つぐのなんかあれじゃない? ああ、うち味噌屋だよ」


「ああ、そうか。まあ、そうだよな。俺もフリーターっぽいのやってる」


 二人とも何も言わないのに耐えられなかったのか、Nは世間話なようなことをもごもご言った。僕も突然言われ彼になんとなく合わせながら答えた。


 別に何も話してくれなくても良かったのだが、やっぱり何か話してくれたおかげで、なんとなく今のその場の空気が何かしら変わったのかもしれない。いままでNのことはちょっと怖いていうかやんちゃっぽくて学生時代は避けていた存在だった。


 けれどなんていうかそこまで怖くないというかむしろ普通の人だった。学生時代友達のいなかった、とりわけ全然親しくなかったこんな僕に気を使ってくれている。僕はそっと心の中で「ごめん」とNに謝った。


 そんな僕の心情を悟ったのか、それともあからさまに表情に出ていたのか、Nは照れたようでいて気難しい表情をしながら僕に謝る。


「なんか、ごめんな。気安く声かけてさ。いや、別にお前のことが嫌いって言ってるわけじゃねーよ? その、この空気が耐えれなくてさ。なんか気を悪くしてたらごめんな」


「いや、そんなことないよ。僕も声かけてくれて嬉しかったし。いや、その、久しぶりだったから、どんなふうに声かければいいかわからなくて、その、なんかごめん。あ、でも、ありがとう」


「あ、いや、うん」


 僕たちはそれをきっかけになんか仲良くなれた気がした。まあ、ちょっとだけなのかもしれないけど。そうやって二人で話していると先生が慌てた様子でこちらに走ってくるのが見えた。何かを手に持っている。


「すっかり忘れてしまっててな。三年前の道路拡張工事のときタイムカプセルを掘り起こして、別の場所に保管しているのをすっかり忘れていた。……すまん、このとおりだ」


 そう言いながら駆けよって来て頭を深々と頭を下げる。僕とNの二人は先生に頭を上げてと優しく声をかける。そして、そんなに自分を責めないで下さいと言った。


 先生が持っていたのはやはり僕たちのタイムカプセルだった。いま手に取ってみると想像していたものよりかなり小さいものだった。クッキーの缶だったのだろうか? 色はあせているが丈夫な作りになっている。僕たちはそっと蓋を開けると、お互いに顔を見合った。


「やっぱり、俺たち変わったんだな」


「うん、そうだね」


 そこには当時のまま姿を変えていない『宝物』たちがキラキラ輝いていた。


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