#4 そこはゴブリンじゃねーのかよ

 鼻が異臭を捉え、目が覚めた。


 う"ぉー。


 B級ゾンビ映画の素人ゾンビみたいな声が、寝ぼけた頭から眠気を奪い取っていく。


 う"ぉー。


 どう聞いても美人でおっぱいのデカいエルフの声とかではないだろう。

 俺は傍に置いてあったナイフをそろそろと握って、慎重に毛布を脱ぎ、いつでも飛び掛かれるように身構えた。


 寝てからそれほど時間は経っていないのか、熾火がチロチロと舐める世界は薄闇に包まれている。鼓動がどくどくとうるさい静けさ。草木も眠る丑三つ時とはこのことか。暗視カメラから覗いたような景色の中、2人分の影がうごめいて───


 ビンッ!!

「あぐっ・・・!?」

 右肩を凄まじい勢いで飛んできたなにかが殴り飛ばして、後ろにつんのめった。拍子に手からナイフがすっぽ抜け、洞窟の暗闇に吞み込まれる。とっさに肩へもう片方の手をやり、俺は何が襲い掛かって来たのか理解した。

「神エイムすぎんだろ・・・!」

 肩に刺さった矢は何か重要な骨を砕いたようで、右腕に力が入らない。

 手ごたえを確信したのか、影の中から敵が飛び出してきた。体毛は一切無く、筋骨隆々。灰色の肌と同じ色の瞳をぎらつかせ、小さく粗雑な石斧を振りかぶる。

「おうわっ!」

 床を蹴って壁に飛びつき、出入り口への通路と敵の間に着地する。空振った斧が地面を叩いたらしく、ドゴッと鈍い音が聞こえた。───あんなのが直撃したら、とても楽に死ねそう。

「くそったれ、マイクラのヴィンディケーターみたいだな!」

 そこはゴブリンかスライムじゃねーのかよ!

 言ってもしょうがないことを口にして、うまく動かない腕を庇いながら出口へひた走った。肩からはドクドクと血があふれているが、ここにいても殺されるだけだ。背筋が粟立つような感覚に従って身をよじると、さっきまで自分のいた位置にさっきと同じ矢が突き立っている。すれ違いざまに見上げた、斧持ちと同じ顔をした敵──前者よりはスリムだ──がボウガンの弦を巻き上げていた。

「フゥーッ、フゥーッ・・・」

 雨が体を冷やす。

 洞窟の入り口に面した小さめの広場で、2人の敵と対峙する。

 斧持ち。北斗の拳みたいな筋肉。殺意にみなぎる、油断のない目をしていた。石斧を構え、じりじりと距離を詰めてくる。

 ボウガン持ち。細身。斧持ちと同じ目つき。向こうも夜目が利くのか、ボウガンに矢を装填しこちらに照準を合わせていた。

「虫けら風情が、不遜であろう・・・!」

 そんなことを呟く俺は、虫けら以下だ。肩を負傷し出血多量。頭がくらくらする。小柄で身軽だが、それだけ。激痛が脈打ち、行動を阻害している。当然、俺の選択するコマンドは───

「───トンズラーーーー!!!」

 俺は吠えて、一目散に茂みに飛び込んだ。

 無理無理無理!! 勝ち目なんか逆立ちしたってない! 蛮族相手に説得!? オメーがやれ!! 今の戦力は言うなればヴィンディケーター×2に対してスポーン直後のスティーブ! 策を弄すれば勝てるかもしれないけどこの状態から巻き返すのは今の俺じゃ絶対───

 ビンッ!!

「!! あ"あ"あ"ッ!!!」

 俺はもんどりうって転び、泥で体を汚した。悶絶したくても下半身がまともに動いてくれない。当たり前だ───骨盤を射抜かれたんだから。

 茂みをかき分ける音が止んだ。頭を荒々しく掴まれて引っ張り上げられ、首にひたりと冷たいなにかを当てられる。ああ、2回目の死はこんな形をしているのか。

「・・・死にたく、なェ"げッ」

 多分、一撃で俺は死んだ。


 ◇ ◇ ◇


 冷たい雨が体を叩いている。

「あー・・・」

 俺は木陰に移って、ぶるるっと体に付いた水気を払った。なんかデジャブ。

 死の恐怖なんてのは以前ぜんせにも感じたことのない感情だった。どうして今になってそんなもので体が震えるんだろう。一度死んだくせに、滑稽なことだ。

 ハロー邪神X。俺の絶望を啜って満足しましたか。満足してくれたなら難易度を下げてくれると嬉しいのですが。


「洞窟・・・占拠されたよな。あの感じじゃ」

 あの2人組の目的はだいたい考えがつく。雨が降ったので雨宿り。もしくはおあつらえ向きな拠点に小汚い犬がいたので駆除した。そんな感覚だろう。

 道具は間違いなく奪われた。石斧とボウガンで武装しているような連中が人間の作った道具の利便性を理解できないわけがないだろうし。

 つまりだ。俺はしばらく拠点に使えそうなお宿を奪われたあげくに道具も失ったわけだ。

 ・・・

 すぅぅ~~・・・

 はぁぁ~~・・・

 ふっ。

 今まで耐えがたきを耐えてきた俺が、これしきの責め苦で音を上げるとでも? どってことはないぜ。


「なんだよぉぉぉぉもぉぉぉおおまたかよぉぉぉぉ!!! ふざけんなぁああーーーーッ!!!! ガウアァァアアアーーッ!!!!! ア"ア"ア"ーーーーーーーッ!!!!!!」






 ふう。

 こういう時は思う存分叫べば気分も落ち着くもんなんだよ。

 さて、整理しよう。拠点も道具も持ってかれたわけだが、あいつらがこの森で上位に食い込む捕食者であるというのは学習した。斧もそうだが、遠距離武器を持っているだけで生存率が大幅に上がるからね。

 これからはあいつらと遭遇しても即逃げを選ぶようにしよう。俺は前世よりずっと目も鼻もよくなっている。用心すれば、敵影を先に見つけることは難しくない。

 でもなあ、俺には見える───なんかの蛮族に捕まって、食べても減らない食料として重宝されている俺の姿が。

「あの人の骨・・・どうにかして取り戻さないとな」

 俺みたいないたいけな野良犬に矢をぶっ放すような蛮族どもに死者を弔う神経があるとは思えない。誰にも看取られずに死んだ彼の骨くらい、せめて見つけ出して彼の帰りを待つ人たちに返してやりたいものだ。


 よし、方針は決まった。

 1・安全な寝床を見つけること。

 2・武器を見つけること。

 3・あの人の骨をどうにかして手に入れること。


 まず第1に寝床を探すこと。

 洞窟なんて贅沢なものでなくていい。

 木のうろとか、安全で安心して眠れる場所がほしい。できれば小川が近くにあれば花丸だ。

 食べれる草というのは割と水場の近くでも生えるものだからね。

 ベリーでなくてもいい。からし菜とかタネツケバナっぽい草とかでもいい。


 2番目には武器だ。俺に武器加工の知識は無いに等しい。

 枝とツタで即席の弓を~なんてのはお子さまのごっこ遊びだ。

 けれどその枝だってよく尖らせれば武器になるし、ツタをうまいこと使えば相手の動きを戒めることが可能だ。

 川で集めた単なる石だって死角から十分じゅうぶんな勢いをつけて急所へぶつけるだけでも大ダメージになる。

 ドウェイン・ジョンソンだって脳天に石が直撃すれば脳汁噴いてお釈迦なんだから間違いない。


 3番目・・・もう手遅れな気はするが、彼の骨をどうにか入手できれば御の字だ。

 一部でもいいから骨を手に入れられれば、何かの縁で彼の遺族と出会ったときに彼の生死を伝えることができる。

 そもそも彼が何者なのかすらわからない。そんなのは星の誕生より低い確率だってのはわかってる。が、だからってやらない言い訳にはならない。天寿を全うできなかった彼のためにも、彼を見つけた俺がそうしなくてどうする?

 

 ううむ、非の打ちどころなんてどこにもない完璧なプランではないか!

(これはうぬぼれです。念のため)

 さあ、いっちょやったるで。

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