#3 サギソウの花言葉

 腹ペコだけども魚を食べるのはベリーが食べれるかテストしてからだ。

 慎重に腕と口の毛を剃る。ほくちの綿毛ポジションを確保したかったのでこれは大事にとっとくとして、可食テストをするのに地肌が必要だから。

 なまっちろい腕に、潰したブルーベリーっぽい実を塗り付ける。15分待つ。

 それから潰れベリーを唇に塗り付け、同じ時間待つ。

 同じように舌へベリーを塗布し、以下同文。

 あらかじめ汲んでいた水で患部を洗い流して、同じことをクワっぽい実でも試す。

 時計なんてものはない。自分の感覚を信じて合計45分、待った。体にこれらが食べてもいいものかどうか判断してもらうためだ。


「神様、俺に食べ物をお恵み頂いてありがとう。いただきます」

 そして、そんな心にもないことを言って果実を口にした。テストをしたときも感じたがかなり甘い。これなら少し食べれば1日分の糖分を補えるはずだ。

 この環境では難しいだろうが、干し果物を作れば栄養価はさらに増すし、森から脱出するための食料も確保できる。洞窟には石ころも何個かあったので干してる果物を目当てにやってくる動物も捕まえられる。あの罠がうまいこと作動すれば、肉も食べれるはずだ。だろうだ、はずだと自分で言っててやかましいが、何から何まで初めてなんだからそれもまたしょうがないということでここはひとつ。


 捌いた魚を枝にブッ刺して炙りながら、物思いに耽る。

 拠点と食料はひとまず心配ない。

 過去はどんな人間にもいつだって寄り添ってくれる。懸念を作り出すのはいつだって未来だ。なんかの拍子にリングワンデリングを起こすとか、俺を食った猪みたいな敵愾心丸出しの魔物に出くわすとか、致命的な痔を患うとか、とんでもない地震で洞窟が崩落するとかそういうの。


「いいかい、神様を怒らせちゃいけないよ」


 ばあちゃんがまだ元気だったころ、よく言っていた言葉を思い出した。

 ボケにボケて、おむつを喉に詰まらせて死ぬまでの間、ばあちゃんは俺へ口癖のように言ってきかせた。


 神様というのは偉大で、強くて、恐ろしいものだ。機嫌を損ねるようなことを口にしたら閻魔も泣き出すようなひどい目に遭わされる。だから決して逆らわないようにしなさい───と。


 邪神Xに敬意はない。今頃俺の様子を見てにやにやしてるんだろうなと考えると今すぐに尻の穴が大爆発して悶絶死してくれないかなと思う。

 だけどもそんなこと素直に言って怒らせたらどんな仕打ちを受けるかなんてのは・・・やっぱり想像ができない。ストレートに死ねるのならとにかく、人ひとり別の生き物に作り変えてしまえるあの御方のことだ。

 意識を保ったまま体をバラバラにされて火を放たれる、もしくは死ぬほど臭いスライムの詰まった箱に閉じ込められる、あるいは人食いズワイガニの群れの中に落とされる、なんてのは手ぬるいほうなんだ、きっと。

 いや、最後のはラオ●ト・カンのパクリだけども。

 だから、思っても口にはしない。ギリシャ系の神なら心を読んでブチ切れることくらい軽くしてきそうだが、少なくともクトゥルフ系の神ならそういう人の心の機微を面白がって、すぐ殺したりはしないはずと信じる。そうしてくれないと困る。マジで。俺は今までスゲー不敬発言してきたから。


 魚がこんがり焼けたので、黙々と食べる。内臓を取り出す時傷つけてしまったせいか、少し苦かった。

 この魚にとって、俺は神のように残酷な存在だったろう。普通に生きていただけなのに突然殺されて食われるなんて笑えない。

 こいつは俺のエゴで殺されて、エゴのために食われた。

 俺もきっと、かつてのように誰かのエゴで苦しむことになるんだろうな。


 その時ふと思いついて、手帳を開いた。

 彼にとっては日記代わりだったようで、しばらくの間は取り留めのない記述が並ぶ。

 それが森に入ったのだろうタイミングで徐々に心的余裕を失っていくのが震える字で克明に記されていた。どうやら彼は右腕を怪我して、それが元で熱を出してしまったらしい。


 最期の記述らしいページ。食料が尽きた、水ももう無いという言葉が弱弱しい文字で書かれていた後に───

「ああ、死にたくない」

 ───そう書いてあった。そこにはサギソウみたいな花が栞のように挟まれて、ぺちゃんこになっていた。


 俺はサギソウのような花をつまんで、指先で弄びながら思う。

 この世はエゴで回っている。そっちが正しいから。きれいだから。腹が減ったから。気持ちいいから。面白そうだったから。ムカツクから。

 生き物はエゴのために殺され、殺した生き物も誰かのエゴのために殺される。

 世界はそうして循環していく。言い換えれば食物連鎖だ。それに恨みを述べてもしかたない。学校の連中も、そういうことを考えていたろうな。


 ・・・嫌なことを思いだしたので寝て忘れることにする。

 死人からさらに奪うのはかわいそうだが、彼から毛布を拝借して体に巻き付ける。

 そうしてごつごつした岩壁に背中を預けて目を閉じた。


 サギソウの花言葉は『夢の中でもあなたを想う』。

 いなくなった誰かをいつまでも想い続けるのは辛くて悲しいことだ。

 せめて、彼の大切な人が彼の冥福を祈り、未来に進むことができたらいいな。

 まどろみの中で、俺はそう祈った。

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