#2 泣いてる場合じゃない


 2024年8月29日、一部加筆しました。




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 まあ、グチを言ったって誰も助けてくれないのは前世でよくわかっていることなので気持ちを切り替えて、今の俺が持っている武器を再整理しよう。

 重要なスキルその1・・・リスポーン能力。さっきの俺はヤケクソになってマイナス要素をネチネチ述べてたけども、グチを言うだけ言ったらいい点も見えてきた。

 苦痛さえ無視すれば、死んでも生き返れるというのは素晴らしい。経験を持ち越しできる。人間の最大の武器は知恵だ。何度も何度もトライ&エラーで文明レベルを上げてきた。その度支払っていた『命』を俺の場合は踏み倒せるのだ。

 重要なスキルその2・・・俺の体は前世の体よりはるかに身軽だ。とにかく飛んだり跳ねたりする力がすごい。

 重要なスキルその3・・・俺は異世界ここに送り込まれるときに邪神Xからいくらかの情報を教えられた。言葉とか、とにかくいろいろ。それに加えて、俺にはナシ●ナルジオグラフィックとディスカ●リーチャンネルから学んだ生存のための知識がある。無限残機、身体能力、豊富な知識。そして楽しい心。

 いや、最後のはいらんかもしれないけど。

 これらさえあれば、蝿の王化するのだけは避けられそうだ。


 少し歩き回ったところ、近くに洞窟があったので入っていく。糞尿独特のすえた臭いはそんなにしなかったので、オバケコウモリとかゴブリンとか、ファンタジーじゃお約束の奴らとエンカウントする心配はないと信じて、クリアリングが終わり次第当座の宿にしようと思う。

 イヤイヤ期のクソガキ並みに言うことを聞いてくれない大自然を信じるとか、頭おかしいんじゃないか?


 犬と言うのは夜目が利くので、闇の中でもかなり周囲が見渡せた。だから焚き火の跡に転がっている白っぽいなにかの正体もすぐわかってしまって。

 誰かの骨に群がっていた数匹のネズミが、俺に気づいて走り去った。

 ずいぶん風化していたものの、全体的な骨格から人間のそれなんだとわかった。完全に肉が失われている。


 周りには革でできたリュックサックや、乾ききったリンゴの芯らしい何か。

 毒性のある物を食べてしまったのか、それとも怪我かなにかして、それが元で死んでしまったのか。薄汚れたマントと毛布を体に巻き付けて胎児のように丸まっているので、寒かったのは間違いない。骨盤の形からして、恐らく男だろう。


 なんだか立っていられなくなって、へなへなとそのそばに座り込んだ。

 彼もまた、何かの物語の主人公だった。だが彼には主人公補正がなかったから、こんなところで野垂れ死んだ。

 この世界じゃまだマトモな死に方かもしれないが、少なくとも、俺には野垂れ死んだようにしか思えない。

 あなたは誰ですか? どうしてこんなところに来たんですか?

 あなたにはこんな危険地帯に来てまで成し遂げたいことがあったのですか?

 俺が知らないような、温かな家族というものがこの人にいたのだとしたら・・・こんな結末はあんまりだ。

 どうしようもないやるせなさと、自分も一歩間違えればこうなってたという恐怖がグルグルと胸の内で渦巻いて、しばらくの間うずくまっていた。


 ◇ ◇ ◇


 雨の匂いを嗅ぎつけて、ハタと我に返った。頬を触るとゴワゴワとした毛並みに湿り気を感じとる。

 いつの間に泣いてたんだろう? メソメソしてもどうしようもないことくらい、よくわかっているくせに。

 俺は3度深呼吸をして、まだグルグルしている気持ちを無理矢理落ち着けた。よし、気分が平常になった。今は泣いてる場合じゃない。


 洞窟の中は乾燥していて、突き当りに行き着くまで5分もかからないような小さな規模だ。動物のフンは、予測通りそんなになかった。

 リュックサックの中身を漁る。小さなナイフが2本と油の切れたランタン、火口箱、ロープ2mくらい、調理道具、レジ袋くらいのサイズの麻袋、そしてちびた鉛筆と古い手帳が出てきた。火口箱を開けると、手のひらくらいの火打ち石が入っていた。不幸中の幸いは、マッチじゃなかったことだ。マッチだったら使い切った後どこにあるかもわからない火打ち石を探す羽目になってたろうから。


 肝心のほくちはなかったものの、ランタンの灯芯がわずかに残っていた。ナイフは1本は錆びてたけどもう1本はなんぼかマシだった。これを使えば俺でも火を熾せそうだ。(かなり気が引けるけど)マントを少し切ってほぐせばほくちの代わりくらいにはなるはずだ。

 そのためのナイフもあるし、錆びてる方だって川の石で研げばいい。これらがあれば、また新しい行動が起こせそう。


 外を見ると、運がいいことにまだ雨は降っていなかった。なので麻袋をかついで、薪を探しに行くことにした。かわいそうだが、彼の亡骸は機会を見つけて埋めることにする。今は生活基盤を整えなくてはいけない。

 杉っぽい木だの白樺っぽい木だのがそこら中に生えているのでちょっと嬉しくなった。これなら、灯芯を使わずともほくちに困らない。

 いくつか落ちていた枝を拾って鼻を近づけると、松のような匂いがした。

 松脂まつやにという言葉がある通り松は油分を大量に含んでいる。洞窟の中が鬼のようにヤニ臭くなりそうだが、他の枝を織り交ぜれば野良犬の燻製にはならずに済むはずだろうし、これだけ松(暫定)の枝が転がっていれば当面薪には困るまい。


 不幸中の幸いその2。川で魚を捕まえることができた。歩いている魚だったから捕まえるのは簡単だった。濡れたから風邪をひかないかちょっと心配になる。

 それと、果物が実っている低木を見つけた。クワの実に似ているのと熟したブルーベリーみたいなやつだ。一瞬喜んだが異世界のベリーが物凄い猛毒食品かもしれないから、素直に喜ぶわけにはいかない。戻って可食テストをしなくては。

 動物のフンがあったので指で潰す。まだ新しいうさぎのフンだ。

 ロープを弄りまわして、ちょっとしたくくり罠を作った。

 運が良ければ動物性たんぱく質にありつけるかもしれない。「ム!ケモノくさい・・・罠だな!」と思われる可能性も無きにしも非ずではある。しかしネズミを食うにはリスクがありすぎる。食べれる虫の知識もあるが、それは最終手段にしたい。


 洞窟に戻ると、それを待っていたように雨が降り出したので邪神Xよりなんぼか良心的な神が手助けしてくれたのかなと罰当たりなことを考えたりする。

 枕木を敷いて、その上に薪となる枝を整列させる。ロングファイアー型ならそんなに手をつけなくても火は長持ちする。俺の浅い知恵じゃ、寝落ちしてもいい焚き火の組み方はこれくらいしか思いつかなかった。

 白樺っぽい木から剥がした皮と、俺の尻尾からなんぼか毟った毛を組み合わせて火打ち石を打ち付ける。

 がちん、がちんと火花が散る。

 これの前の持ち主だった彼の物語には彼を助けてくれる神様はいなかった。だけど俺の場合、クソ以下の性根であるとはいえ神様の助力があった。

 だから、助けてもらった分生きて返さないといけない。2度目の人生を授かったのだから、(生きるのはしんどいものの)せめて寿命まで生ききるくらいのことはしなくては。

 がちん。5度目で大きな火花が灯芯にちっぽけな火を灯し、あっという間にめらめらと燃え盛る。

 俺は自分の命が繋がったことを感じた。

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