最弱コボルトのよみがえり
@timtimkimotie
#1 転生すれども受難は変わらず
「コイン一枚、お恵みくだされば幸いです」
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・
「・・・」
そうして、俺はむくりと上体を起こした。
肉球のついた手を見て、指が欠けてないことを確認し、頭を触って耳が2つ生えていることを確かめて、尻尾を引っ張り体が五体満足であることに安心して、再び横になる。
枝葉の天蓋から見える高い高い空は見事な快晴。風も穏やかでこのまま眠っちまいたくなる天気だったが、その風が運んでくるくちゃくちゃという不快な音とかすかな血の匂いが、どこかで食物連鎖が起きていることを教えてきた。
「・・・」
気配を殺して木に体を密着させ、そうっと音の
血だまりの中で、今の俺では逆立ちしても勝てないサイズの大猪がナニカを咀嚼しているのが見えた。そのナニカは下半身から先が無かったが、上半身は俺の姿をしていた。位置的に前の俺だ。
(南無阿弥陀仏)
あのクソデカ猪さえいなければ墓でも作って弔ってやりたい心境だったが、『おかわり』を準備してもしょうがない。忸怩たる思いで小さく念仏を唱えてやるのが精いっぱいだ。
俺は息をひそめて足の指を浮かせ、なるべく音を立てないようにしながらその場を後にした。
◇ ◇ ◇
こんなことになるきっかけは些細なことだった。
学び舎じゃ実にありふれている迫害の一つを、どうしても見過ごせなかったのだ。
・・・ああ、前置きしておくと俺はヒロイックな人格では本当に違う。
俺の人物像は読者の皆々様を不快に思わせるようなものばかりだ。
幸福の順番は優しい人間から先に回っていくべきだし、そういう奴を食い荒らす悪いやつは死んだほうがいいと、それが本気で正しい考えだと内心では思っている。
嘗められるのは大嫌い、悪いやつをぶん殴ればすっきりするとドブみたいなことも思想している、どう考えても善人じゃない。
あいつらと同じ、たまたまそいつが『平然と在る』のが気に入らないというクズなのだ。どうして良くも悪くも普通の親からこんなクソガキが生まれるんだ? と首をかしげたのは1度や2度だけでない。
いじめていた連中からしたら、俺はカモがネギしょってやってきたようなものだろう。当然のように矛先はこちらに向いた。
毎日毎日、くすくすという笑い声を聞いた。
気の毒なものを見る目をしていた人たちたちもいつの間にか話しかけてこなくなった。
俺がどんな顔をしていても、どんな恰好で帰ってきても、親は面倒臭そうにしていた。
俺はそんなもんだと考えていたけど、ある日ふと「自分はもっと楽な方に生きても許されるのではないのか?」と思いついた。
あるいは、ああ、もういいか。と。
そんなわけで、通学路の歩道橋から飛び降りた。
惰性でやっていたゲームをアンインストールするような気分だった。
「やっと死ねるんだ」という安堵の方を強く覚えている。
───・・・前世の記憶で覚えているのはこの辺だけ。
あとは、人生最後の痛みとともにそれっきり。
意識はここで暗転する。
気づけば俺は暗がりに沈むようにまどろんでいた。
たぶん、輪廻の輪に乗っている真っ最中だったんだろう。一度浮上した意識も、眠りから束の間目覚めてまた眠るようにとろけていったが───そのとき不躾な『声』が聞こえた。
その『声』の主は、遠慮のない手で俺を叩き起こすと一方的に何かを語り始めた。
闇に渦巻く銀河のしずく。生まれては尽きる星々の閃光の中でひときわ強くきらめく青い輝き。
朽ちては開く蓮の花。天を衝く塔は雷によって砕かれ、言葉を失った人々は慌てふためく。
パラパラ漫画よろしくに目まぐるしく動き回る人々の耳は長く尖り、もしくは尾を揺らめかせ、共に武器を取り鉄の巨人へ立ち向かう光景。
待ってくれたまえ言葉の洪水をワッと一気に浴びせかけるのは! と言うよりも早くそれらの情報は俺の頭の中へ一斉に流し込まれた。当然ニューロンは焼き尽くされ海馬はハングオーバーを起こし、脳細胞は爆発四散する。
飛び散った脳みそはくっついたけれど、元の形には戻らなかった。そこでようやく言葉を理解できるようになったその
その時の俺には肉体はなかったけど、たぶん引き攣った笑顔でその話を聞いていた。誰だって「お前の人生面白かったから俺のオモチャにしたるわ(意訳)」なんて某子種王もどん引くような発言をされたら怒りを通り越して笑ってしまうだろう。
しかし邪神Xによってリメイクされた俺は、2度目の人生をヤツの暇つぶし道具にされることをハイよろこんでと二つ返事で了承するほかなかった。
マジな話、同じ状況で逆らえるのかっていう話だ。ギリシャやクトゥルフに代表される神々の精神性を鑑みると、拒否したあかつきには想像もつかない無惨な末路を迎えるのは間違いない。
俺は居酒屋店員さながらに首を振り、次の瞬間、異世界に送り込まれた。
次に気が付いたら俺は森の中、全裸で猪に襲われていた。
・・・うん、わけがわからんよね? 俺もソーナノ。
記念すべき最初の死因はまちがいなくショック死だろう。既に
──や り や が っ た な ク ソ 神 テ メ ッ コ ラ ー ! !
「この見た目・・・間違いなく柴犬だ」
危機を脱して一息つき、そばを流れていた小川の水で喉を潤した俺は、水面を見つめながらつぶやく。揺らぐ水面に映り込むデフォルメチックな犬も、同じように口を動かした。
さっきの騒ぎの中でも頭の隅で嫌な予感がしていた。俺の体、なんか勝手が違くねえ? と。
コボルトという種族がある。古くはドイツの鉱石を変性させるいたずら好きな妖精。だがまだ友だちがいた頃、一緒にやるために買い求めたTRPGのルールブックの中で、彼らは小柄な犬の姿をしていた。
俺の体はそれにそっくりだ。「貧弱、最弱で、誰からも軽視され、社会の最底辺にある。蛮族の奴隷であり、食料」・・・・まだ色々試してないから決めつけはできないが、そんなボロカスな説明文が頭に浮かび乾いた笑い声がせりあがる。普通そこはチート山盛りにしてやるところじゃねえ? それとも俺の知識が古いのか、か弱いいきものが逆境からのし上がるのを愛でるのが神々のトレンドなのか。ははは。・・・世界に呪いあれ!!
更には、事前にインストールされた知識によれば俺には死の安寧すらないらしかった。
【
───さながらメシアよろしく、死んでも復活するチカラ。
クソみたいな人類のために散々働かされた挙句死の安らぎすら得られなかった色々かわいそうな男を代表とする奇跡であるが、それが俺の現状唯一の武器だ。
呪いと大差ないだろう、こんなもの。
さっきの復帰した位置、デス位置との近さから推測するにこの能力便利そうに見えてスゲー不便だな?
そもそもこの能力を活かして長生きしたとして、老衰にまでこの能力が発動したらどうする?
死と復帰を延々と繰り返すのか?
SCPにそんなのいたね?
きっとあの神サマはこうお思いだ。「こいつ、死にたがってたから最弱種族に転生させて無限ガッツ与えたお(笑)」。膨大な魔力とか全属性魔法使いたい放題とか駄目ですか? 駄目かー。ならしょうがないネー。頼むから死んでくれ。
つまり、俺の現況はこうだ。
1・大して使えもしない前世の記憶持ち越しで犬人間に変えられた。
2・使えるスキルは苦痛を伴う【リスポーン】のみ。
3・恐らく自分は生態ヒエラルキーの下位にいる。
4・どこから捕食者が襲ってくるのかわからず、ここがどこかもわからない。
ああもうまったく、最悪だ。
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