第8話 戸惑い

 人が立ち寄らなくなって、相当な月日が経過したと思わせる駅、周辺には民家すら見当たらず、何故……この様な場所に駅が作られのか……?そう感じさせられる光景だった。周辺の森林からは、野鳥の囀りの他に、動物達の鳴き声も聞こえる。車の騒音は勿論、人が会話する様な等は無かった。


 「目的地まで、あと少しよ」


 そう言ってハルナは、雑草が生い茂った場所から、駅の方へと歩いて行く。


 「ふええ……まだ、歩くの?」


 虎竜は流石に疲れた様子で、彼女の後を追う様な感じで杖を付きながら歩く。


 山道から降りている最中、彼が何気なく見た光景は、まるで草原の一ヶ所に無人の駅が突然出現したかのようにも見受けられた。


 雑草を押し退けながら彼等は駅へと向かう。朝露で湿っている雑草の中を歩いていると、衣服が濡れたように湿って、気持ち悪かった。


 駅の近くまで辿り着いた時、虎竜は周辺を見渡した。大きな山に囲まれた小さな駅、その駅に繋がっている線路は1本だけで、その線路も駅を出ると、両側がトンネルと言う、不思議な光景だった。


 しかし……線路は既に昔に廃線となり、両側のトンネルも網が掛けられていた。


 駅へと着いて、駅に書かれた看板を見た。


 看板には『峡谷駅』と、古い手書きの文字が書かれていた。その駅の車掌室の前にある小さな壁には明治か大正時代のものかと思われる様な文字が書かれていて、平成時代に生まれた少年には読めない文字だった。


 ハルナは木製の古いベンチに腰を降ろして、虎竜に隣に座るように手招きする。


 「疲れたでしょ、簡単な食事を用意したからどうぞ」


 彼女は弁当箱を開けると、おにぎりが入っていて、虎竜は夢中で食べる。


 虎竜用に水筒も準備してくれて、彼は水筒のお茶も頂いた。


 屋外での食事は学校のイベントのキャンプ依頼だった。おにぎりの他にもサンドイッチ等がり、彼は食事をしながら、何気なく間の前の景色を眺めた。まだ時刻は午前7時で、少し陽

差しが東の空から上り初めて来た。


 周囲が山に囲まれた場所に居るのを再確認した虎竜は、自分が今、日本に居る事を忘れてしまいそうな雰囲気を感じた。


 「何だか、既に異世界に居る様な気分ですね」


 「そうね……こんなに人と接する事の無いと、何処か別の国に居る見たいね」


 少し気分も落ち着くと、彼は無人駅を見渡す。


 「異世界行きの列車が来るのですか?」


 虎竜の言葉にハルナは笑いながら首を横に振った。


 「そんな恐怖映画見たいな事は起きないわよ。既に私達は入口前に立っているわ」


 「え……入口って?」


 無人駅を見渡すと、かつて車掌室だった場所と、駅の近くにあるお手洗いしか見当たらなかった。


 「何処ですか?」


 彼の言葉にハルナは目の前にある壁を指した。


 木で作られた駅の、人が1人建てるだけの小さな壁。反対側は雑草が生い茂っている。


 「どうやって行くのですか?」


 「これで扉を作るのよ」


 ハルナは荷物の入ったバックの中からマーカーの様なペンを取り出す。彼女は壁の前に進むと、シュッシュッと素早い動作で、壁に扉の絵を書く。


 手書きで描かれた扉の絵は、次第に本物の扉へと変わり、ハルナは立体化したドアノブを手にすると。


 ガチャリと音がして扉が開き、その先に見たことの無い空間が現れる。


 「ここから先は、貴方だけで行ってね、階段を降りた先に受付の場所があるから、そこで手続きを済ませてね」


 「え、何故ですか?」


 「この扉は、人が入ると自然に扉が閉まってしまうのよ。しかも……私が登録している場所は、ここから離れた位置になるわ。そこから戻って、車を止めた場所まで戻るのはたいへんでしょ?それにね……」


 彼女は腕を捲り上げて、ウェアラブル端末の様な物を彼女は見せる。


 「登録は生体認識となっているわ。登録が済んだ人は皆、端末を所持しているわ。もし……仮に、準備されて無い状態で私が勝手に貴方を、登録せずに異世界の扉を勝手に開けて行った場合……貴方は亜空間の彼方に弾き飛ばされてしまうから、最初は、この受付を済ませる必要があるのよ」


 「そうなの……」


 彼は、少し戸惑いながら返事をする。その様子を見たハルナは一旦、ドアノブから手を離すと、扉は自然に閉まり、彼女が手書きで書いた扉の絵も消えてしまった。


 「準備が整ったら言ってね。向こうの方で待っているから……」


 彼女は一旦、駅の外へと行き、雑草の生い茂った場所に腰を降ろして、スマホの画面を開いた。


 虎竜は見知らぬ世界に行く事に、少しばかり戸惑いがあった。


 簡単に言えば、英語も話せず海外の事も何も知らないで行くのと同じだった。誰か頼る相手が居ると心強いが、自分だけで行くのには少し抵抗があった。


 (もし……ここで、やっぱり帰ると言ったら、どうなるだろう?)


 そう思ってハルナに言おうと思って彼女に近付く。


 「あ……あのォ……」


 「準備は出来たかしら?」


 「実は……」


 虎竜が話し掛け様とした時、彼女が彼に向かって話し出す。


 「ああ、そう言えば大事な事を忘れてたわ」


 「大事な事?」


 「もし……貴方が、今日向こうの異世界に行かないと、この付近の入口は完全に封鎖されるらしいわ」


 「え、どう言う事なの?」


 「近年、このエリアから入る人が減少してたので、多分……今日、ここから向こうの世界に行かなかったら、別のエリアに移動する事になるわ。そうなると、私も貴方のご両親に、また新たに魔法を掛ける必要が出てくるわ。強制的に個人に何度も催眠魔法を掛けるのは、その魔法を掛けられた相手も、相当な負担が掛かって来る恐れがあるので危険なのよね。で……何か話し掛けようとしてたわね?」


 「ああ、ええと……その、準備できました!」


 彼は咄嗟に、先程までの気持ちを振り捨てて、彼女に声を掛けた。


 「了解」


 彼女は微笑みながら、立ち上がって壁の方へと向かう。再びバックからマーカーをとり出す時、彼女は小さな水晶が取付られたペンダントも取り出し、虎竜に手渡した。


 「忘れるところだった!これを貴方に渡しておくわ」


 「何ですか……これは?」


 「受付の場所は、日本語対応出来るけど、受付が終えて、外に出ると完全な異世界になるわ。そこでは日本語は通じないから、そのペンダントを首に掛けて居れば、相手との意思疎通は可能になるわ。その為のペンダントよ」


 「分かりました」


 虎竜はペンダントをズボンのポケットに入れる。


 「じゃあ、始めるわよ」


 ハルナは壁に絵を書くと、扉が再び出現する。扉のドアノブを開けると、その向こう側は薄暗い空間が広がっていた。


 虎竜は、その薄暗い空間の階段を一段ずつ降りて行く。


 「気を付けてね」


 ハルナが手を振りながら見送る。


 「はい、色々とありがとうございました。行ってきます」


 虎竜が振り返って手を振る。次第に白日の陽射しが閉じて行き、完全に閉まると、目の前には扉だった場所が完全に消えて、冷たい大きな壁だけになった。


 見上げると、その壁は高く、その天井が何処まで続いているのか分からない程の高さだった。天井の先は真っ暗で、どんな感じなのかも暗くて見えなかった。


 振り返って階段を降りると、薄暗い空間の中、受付の場所だけ明かりが灯されて居た。虎竜は受付の場所に向かって歩み出す。

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