第7話 扉のむこうへ……④
翌日、早朝……
虎竜は、朝早起きして荷造りをしていた。バッグの中に衣類を詰め込み、出発前に身の回りの確認をして、忘れ物が無いかチェックをした。
ふと、彼は机の引き出しを開ける。使う事があるか不明だが、フユキから授かった箱に入った光明石もバッグの中に詰め込んだ。
部屋からでると彼はキッチンのテーブルの上に両親宛に一筆、書き置きをする。
その時、彼は昨夜帰宅した時の事を思い出した。
マンションの自室に戻った彼は、何時もなら帰りが遅い両親が既に帰宅していて、彼に対しても、怒るような仕草は無く、和やかな表情だった。
「ちょっと、明日から出掛けるね」と、虎竜が言うと、両親は反対せずに笑顔を見せる。
「行ってらっしゃい、気を付けて行くのよ」
「臨海学校だって?学校で風紀委員してる松山さんも一緒なのか……良いじゃないか!楽しんで来なさい」
虎竜にとって一番の問題はそこだったが、敢えてそれを受け入れる事にして、ハルナの魔法の効果で、虎竜は親に簡単な説明だけで事が済んだ。
魔法効果が無かったら、突然明日からと言っても中々聞き受けて貰え無いと予想出来た。内容次第では、親を説得するのに深夜まで話し会う事もあった。
特に父親が虎竜に取っては難敵であった。彼は父の事を(時代遅れの石頭爺)と勝手にアダ名を付ける程に苦手な存在だった。
父に向かって一言伝えれば、返って来る言葉は二倍~三倍になって返って来る程である。彼にとって父親を納得させるのは至難の業だった。
両親に一言「行ってきます」だけの書き置きの紙を残して、彼は自室のドアを開けて外へと飛び出した。
初夏の夏空、午前5時前でも空が明るく、湿度もある夏の空の下。彼はマンションの外へと出ると、既に早起きしているマンションの住人と鉢合わせた。
「あら、おはよう虎竜君」
「お早うございます」
「何……君は、今日から風紀委員長の娘さんと一緒に勉強の為に、遠方に宿泊するんだって?」
「え……ええ、まあ……」
何処から情報が漏れているのか、既にマンション中に噂が広まっているそうだった。それ以上に詩織と一緒に出掛けるのを何故、学校で一番可愛い川瀬ちゃんに出来なかったのか、それが彼に取っての最大の謎だった。
「アンタも隅に置けないわね、つい此間まで算数の九九に躓≪つまず≫いていると思っていたら、もう……そんな年まで行くとはね、本当……歳月が経過するのは早いわね」
「あ、アハハ……」
マンション住人と話し合って居るとハルナが外で待って居る事に気付き、彼は急いで外に飛び出す。
「それでは、ちょっと出掛けて来ます!」
「気をつけてね」
女性に気付いたハルナは、彼女に軽く一礼する。
虎竜はハルナに挨拶をしてから、車の助手席へと乗り込む、虎竜が座席に乗ったのを見てハルナは車を発進させた。
車を走らせると、彼女は話し掛けて来る。
「目的地まで少し距離があるから……今のうちに休んでいて構わないわよ」
「分かりました」
2人をのせたCLEは繁華街を抜けて、国道方面と向かう。早朝でありながらも、世間は平日とあって、トラックや輸送車が走行していた。
トラックのナンバーを見ると、西日本や北日本のナンバーばかりの車両ばかりだった。
両親とはあまり遠出した事の無かった虎竜は、このまま国道に乗って都心方面まで向かうのかな……等と考えていると前方に山が見えて来て、ハルナは山が見えて来た直後に、国道沿いに設けられた青い看板を目印にコースを変える。
「この先に目的地があるのですか?」
「もう少し先ね……」
彼女は笑みを浮かべながら答えた。
2人を乗せた車は次第に、住宅街を離れて行く。やがて周囲は田園地帯が広がる景色へと変わって行く。
時刻は6時半を過ぎていた。広い田園地帯には、野球等のスポーツの朝練に向かう為、自転車に乗っている小学生や、まだ夏休みが始まってないのか、高校生位の制服姿で自転車を乗っている姿も見えた。
「随分距離がありますね」
「そうね……でも、それは昔から変わらない見たいよ」
「変わらないのですか?」
「ええ、アルメディアン王国が建国される前の時代、1人の日本人男性が向こうの世界に行った頃から、互いを繋ぐ境界線は既に出来上がっていたわ。国や地域によって最初に訪れる場所は多少異なるわ。市街地や住宅街もあれば、立ち入るのに、多少の抵抗が見られる場所も中にはあるのよ……そう言う意味では、この付近は……まだ行き来し易い場所かもしれないわね」
「そう……なのですか?」
「ええ、次いでに言うと……日本人男性が、向こうの世界に行く時に使っていた場所は幻夢堂から、そう遠くは無かった場所だったわ。でも……都市化開発で、その場所は現在は無くなってしまって、こんな遠くまで移動する事になってしまったのよ」
「それは残念です……」
「彼は、我が国の神聖なる生き物フェクトラに導かれた人だったわ」
「神聖な生き物……」
初めて聞く言葉に虎竜は少し戸惑いを見せた。
やがて、彼等を乗せた車は、車両一台分位の山道の峠へと進んでいく。
ガードレールの反対側は崖となっていて、運転を誤れば、そのまま真っ逆さまな道をハルナは、敢えてセミオートに切り替えて、パドルシフトで走行する。
エンジンを高回転に回し、車をウォンウォンと唸らせ、ハンドルを勢い良く切り返しながら進んでいく。
「ちょ……ちょっと、ハルナさん!」
「しっかり捕まって、舌を噛むわよ!」
(この人、絶対に運転を楽しんでいるな……!)
それまでの穏やかな表情とは事なり、完全に目つきが変わっている事に虎竜は気付いて居た。
峠の狭い道を進んで行くと、ハルナは目の前に1本だけ木製の電柱を見付けるなり、車スピードを落とす。
「目的付近に着いたわよ」
ハルナはそう言うと、少し広がった場所へと車を止めた。
長い時間、車に乗せられて居た虎竜はようやく、解放されたと思って周囲を見渡すが、辺りには、異世界に移動する為の物など何も見当たらなかった。
鬱蒼とした木々と、それに連なる山々の峰だけが広がっていて、野鳥の囀りだけが聞こえて来るだけだった。
「目的地は何処ですか?」
「この先よ」ハルナが指した場所は森の中だった。
「え……?」
「この先に、目的地があるのよ」
「この先って……?」
虎竜は、目の前に見える森の中を見た。晴れた夏空の下……薄暗くひんやりとした空気が漂う森を眺める。
彼等が立っている場所からは、それらしい場所が見えない為、相当な距離を歩くだろうと、虎竜は感じた。
「さあ、行くわよ!離れない様に付いて来てね」
ハルナがそう言って山道を歩き出す。彼等が進む道は、舗装もされていない獣道だった。
木々の中を潜り抜ける様な感じで、2人は森の中を抜けて行く。
サバイバル経験の無い虎竜は「ぜえ……ぜえ……」と、息切れしながら歩く。彼よりも年上のハルナは、荷物を持って歩いている筈なのに、何故か自分よりも先へと進んで行く。
マンションを出る時、少し距離があると言っていたが、少しどころでは無かった。昨日も近くの喫茶店と言ったが、結果的には30分以上も離れた場所だった。虎竜は、絶対に彼女の言う事は信用しない方が良いと誓った。
途中、離れない無いように、ハルナは待っていてくれたりして、彼等は山の中を歩き続けた。
しばらく進むと、ハルナは何かに気付いた様子で立ち止まった。
「見えたわよ、あれが目的地よ」
流石のハルナも少し息切れしてたが、彼よりも若い筈の虎竜は途中で拾った木の棒を杖代わりにした状態でかなり疲労していた。
「え……何処に目的地があるの……?」
「ほら、目の前のアレよ」
ハルナが指した場所に彼が視線を向けると、そこには既に人が使わなくなり相当な歳月が経過した様子で佇んでいる半壊した廃墟の駅があった。
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