第3話 キャッチボール

 終業式の日……中学校の生徒達は、学校の授業が終了し、ようやく解放されたかのように、皆は嬉しそうに教室を後にする。そんな生徒達が一斉に下駄箱から靴に履き替えて校舎を出て行く傍、虎竜も皆と同じ様に下駄箱へと向かおうとした。


 その時、「中崎君ー!」と、彼を呼び止める声が聞こえて振り返ると、風紀委員番長松山と言う女子生徒が彼を追って来た。


 「ゲ……」


 可能であれば人生で今後一切関わりたく無い女子が、彼の居る場所まで駆け寄って来た。


 「やだね、アタシに声掛けられたらって……そんなに嬉しそうな顔しないでよ」


 (嫌がってんだよ……貴女の視線には、僕の周囲には、お花が咲き開いて見えているのか?)


 「明日から夏休みだから、貴方にプレゼントね」


 そう言って彼女は、ドサッと反省文の用紙を数十枚分を彼に手渡す。


 「何……コレ?」


 「一学期の教室に定刻時に入れなかった日数分の反省文用紙よ」


 「て……言うか、こんなになるまで、計測してたのかよ?」


 「ええ……しっかり調べていたわよ」


 そう言って、松山は分厚いメモ帳を取り出す。


 「今日、早朝、自宅を5分遅れて出立、学校付近の信号もワザと遅れて渡ったわね。更に正門付近でアタシには愛想の無い挨拶したクセに、他の下級生女子とは微笑みながら挨拶してたわね。特に学校で可愛いと風評の川瀬ちゃんには、必要以上に接近してペチャクチャ喋って!何様よね、あのブッリ子!『コタツちゃん』なんてさ……馴れ馴れしい!その為、貴方は予鈴終了後に教室に入ったわね」


 彼女の話しを聞いた虎竜は、完全に私情が入っていると感じた。


 「分かったよ、書けば良いんでしょ!」


 (どんだけ粘着力の強いストーカーなんだよ、人の事アレコレ調べてるとは……。風紀委員で無ければ完全に犯罪じゃないか!)


 「あと、これね……」


 そう言いながら、彼女は更に反省文用紙を追加してきた。


 「これは、何……?」


 「貴方、多分8月31日まで、夏休みの宿題もせず家でゴロゴロとして居ると思うので……その為の反省文ね」


 「既に確定事項なの?よくもまあ、それだけ他人に執着出来るよね、ある意味関心しますよ」


 「いやぁ……そんなに褒められてもねぇ」


 彼女は笑いながら答える。それを見た虎竜は(嫌味で言っているのだけどね!)と、言いたかった。


 「中学卒業したら、何処か見知らぬ土地に移住したいな」


 「そう……じゃあ、移住先が決まったら教えてね。貴方の為に色んな課題を用意して上げるから」


 「ご遠慮します……」


 変な女子に絡まれながら、虎竜はラスボス松山と別れて、少し足早に学校の門を抜け出た。


 来世、転生出来るなら、絶対に彼女見たいな女子に絡まれない人生を送りたいと、彼は本気で思った。


 昨夜、彼の元に届いたメッセージには『学校が終えたら、マンションの近くの公園で会おう』と、弘からのメッセージで、彼は少し急いで公園を目指して居た。


 マンションの近くにある公園は、小高い場所にあり、途中、長い石階段を登ることになった。学校終業でもあり、普段よりも多い荷物を担いでいた。(あの風紀番長の余計な荷物さえ無ければ…)そう思いながら、彼は初夏の真昼の中、公園までの道中は流石に彼には堪えた。


 誰も居ない公園に着く頃には、汗を掻いて息切れをした状態で、虎竜はベンチに横たわる少年を見つける。


 「待たせたね。で……何の用だい?弘……」


 虎竜の声に気付いた弘と言われた少年は起き上がり、ベンチに座った姿勢で虎竜を見た。


 虎竜と同じ黒髪で短髪、少し肌が白く、顔立ちの良い少年は……体つきが良く、年齢を言わなければ、中学生とは思えない雰囲気をただ寄せていた。そんな彼は虎竜と同じ制服姿をしていた。


 「お返事は?冨塚弘君……」


 「うるさい、とりあえず荷物を置け」


 「はあ……?」


 虎竜は、言われた通りに、鞄や他の物をベンチに置く。


 すると弘は、自分のバックの中からグローブを2つ取り出し、そのうちの1つを虎竜に渡した。


 「行くぞ!」


 弘は、少し離れた場所からボールを投げて来た。


 バシッ!と、虎竜はグローブでボールを受け止める。


 「僕に何か話しがあったんじゃないのか?」


 ボールを投げ返しながら、虎竜は弘に向かって言う。


 「あるさ、お前に言いたい事は山ほどある!」


 弘はそう言いながらも、ボールを投げて来る。


 バンッ!彼の重いボールがグローブのミットに当たって、かなり痺れる感覚があった。


 「痛……」


 勢いのあるボールを受け止めて、彼はボールを投げ返す。


 パシ……と、虎竜の投げたボールは、弘に簡単に受け止められる。


 「お前は何故、野球を止めたんだよ!」


 彼は、勢い良く投げ付ける。


 そのボールは、グローブをかすめて、公園の芝生を転がって行く。


 それを追い掛けて虎竜が戻った時、弘は少し呆れた様子で、キャッチボールを止めてベンチに座っていた。


 彼は少し不機嫌そうな表情で虎竜を見ているた。彼がグローブとボールを差し出すと、弘は無言の表情のまま、バックに入れる。


 「また、キャッチボールしよう」


 虎竜が言うと、弘は少し呆れた表情で、顔を俯かせる。


 「次は、もうない……」


 「え、どう言う事?」


 「俺が最近まで、休んでたの知っているだろう」


 「あ、ああ……」


 「先月家族で理由あって等でした日、帰りの途中、事故に遭ったんだ。両親は軽傷だけだったんだが、俺は怪我が酷くて最近まで入院してたんだ。俺が退院して家に帰ると、両親は不仲になり、離婚する事になっていたんだ。俺は母と一緒に、実家へと引き取られる事になった。しかも……既に再婚相手も決まっているらしい」


 「そ……そうだったんだ」


 虎竜は慰めの言葉が見つからず、話しを聞いていた。


 「俺達の学校が、今年の夏県大会まで出場出来れば、俺の引っ越しも少し伸ばす事が出来たんだが、それも叶わなかった。俺の……この町での生活も今日で終わりだ。俺は新学期からは違う学校に通う事になっている。今日は、これから親と一緒に転校する為の手続きをしに行く」


 虎竜は彼が左肩に背負ったバックに書かれた「冨塚弘」の名前を見た。


 「じゃあな……」


 彼は一声掛けて、虎竜と別れようとした。


 「弘……」


 彼の言葉に弘は「ん……?」と、顔を振り返る。


 「また、何処かで会おう!」


 その言葉に、弘は軽く微笑んで手を振って虎竜と別れた。



 その日の夕刻は、虎竜は、自分から進んで調理をしていた。慣れないシステムキッチンでの調理をする。


 「あら、今日は何時もより、色々してくれるわね」


 「ま……まあね」


 彼は松山をギャフンと言わせようと言う狙いがあった。


 その日の晩……家族で夕食したあと、彼は家の冷蔵庫の中を見ると、冷蔵庫の中にジュースが無い事に気付き、近くの自販機でジュースを買いに安い自販機を探しに行く。


 結果的に商店街通りまで来てしまい、お目当ての100円で購入出来る自販機でジュースを買い、その場で缶ジュースを飲んで居る時、何気なく周囲を見渡し道路の反対側更地だった方に何気なく目を向けた。すると今朝まで更地と化していた場所に『幻夢堂』の店が出現している事に気付く。

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