第1話 菊内町

 〜数ヶ月前……日本、初夏


 菊内町、人口数千人程が暮らす小さな町、その小さな町にある菊内西中学では、その日の午後、2年1組のクラスで夏休み前の期末テストの総合評価が皆に配られた。


 「中崎虎竜君」


 「はい」


 名前を呼ばれて虎竜は渋々と教団前へと行き、総合評価の用紙を受け取り席に戻る。席に付くなり用紙に書かれている順位を見て彼は「はあ……」と、溜息を吐いた。


 「どうだった?」


 隣の席の男子が声を掛けて来る。


 「サイアク、今期も最下位だよ」


 中学2年の彼は、毎回テストで学年ダントツ最下位を記録更新していた。


 虎竜は既に半分諦めていて、隣の席の男子に自分の採点用紙を渡した。


 「お……でも、お前、前回よりも評価が良いじゃないか!」


 「何処が?」


 「85位中、84位だぞ!良かったな、ワースト1は避けられたじゃないか!」


 「本当!」


 虎竜は嬉しそうに返事をした。


 そんな彼等の会話に、同じ列の女子が声を掛けて来た。


 「それって、今回の期末テスト休んだ人が居るからじゃないの?」


 彼女の言葉を聞かされて、虎竜は愕然とした。


 「欠席者が居なかったら、結果的にはワースト1かよ……」


 と……実力では敵わなかった事に対しての絶望感に平伏してしまう。


 その日、学校を終えた彼は帰宅する。家までの距離が近い彼は徒歩での帰宅だった。友人達と別れて、市街地の商店街を歩いて帰るのが日課だった。


 商店街のアーケード添い、長い歩道の道は、雨降りでも濡れる事がなく、少し歩けば自販機もあり、何よりも人通りでもある為、安全圏とも言えた。


 そんな商店街を歩いていた彼は、最近親に買って貰ったばかりのスマホでSNSを見ながら歩いていた。


 その時、彼は目の前にある店の看板に躓いて転倒してしまう。


 ドスンッ!


 「痛ッ!」


 転倒した時、ブロック状の歩道に彼は足をぶつけてしまう。その時、たまたま店の中を清掃していた60代位の中年男性が、彼の事に気付き、急いで「大丈夫ですか?」と、彼に声を掛けて来た。


 「ひ……膝が」


 彼はズボンを捲って、膝が擦り剝いて出血して居る事を見せる。


 「大変だ、直ぐに手当をしなければ!」


 彼は主婦を呼んで、傷の手当の処置を行う。幸い大怪我に居たらなかったので、ガーゼで傷口を固定させるだけで済んだのだが……。彼に取っては、親に買って貰ったばかりのスマホの画面が、既に機能してない事の方が深刻な問題だった。


 傷の処置をしてもらい、家に連絡して母親が来るまでの時間、彼は、店の中年夫婦にお茶を頂き、何気なく店内を見回した。


 彼は、通学路として毎日商店街を歩いてたので、ほとんどの店を覚えて居たが、商店街に、こんな工芸品の店があった事には、今まで気付かなかった。しかも……店内はまるで平成初期化か、それ以前の様な雰囲気を感じさせられた。


 店内を見渡すと見慣れない陶器、工芸品、織物等、全て風変わりな物ばかりが並んでいた。母親が織物細工をしていて、母親の実家も工芸に関する家で、幼い頃から、その辺の事にかんしては少なからず知識はあったが、店に置かれている工芸品と、類似する物を彼は見た事はなかった。


 「変わった物が沢山ありますね。海外から取り寄せたのですか?」


 「ハハハ、ここにあるのは海外でも、中々お目に掛かれない物ばかりだよ」


 「え……?どう言う事ですか?」


 「ウチの店にあるのは、全て異世界の物ばかりだよ」


 「はい……?」


 虎竜は、少し呆れた表情で返事をして、中年男性を見た。


 ライトノベルので異世界転生の本を数多く読んでいたので、彼は中年男性が、その手の読者かと思ってしまった。


 「まさか、本当に、そんな世界あるのですか?」


 「まあ、君が信用するかしないかは、君の想像に任せるよ」


 「自分は異世界ものの本は沢山読んでますが……」


 「なるほど、では……行った事はあるかね?」


  その問いに彼は首を横に振った。


 「全て空想の世界の話しだと思って居ますから……」


 「ふむ、では……君は、今……自分の目の前に在る物は、全て現実世界の物だと言い切れるかね?」


 「分かりませんが、人間の手で作られた物ですよね?」


 「確かに、人間が作った事には変わりはないが、君の目の前にある壺なんかは、生きて居るのだぞ」


 そう言われて虎竜は、少し変わった模様の壺を見て(まさか……)と、思って壺に手を触れると、壺が勝手に身動きを初め出す。ブルブルと体を震わせると別の場所へと移動してしまう。


 「そんな……」


 彼は驚いた表情で店主の男性を見た。


 「これは、一体どう言う事なんですか?」


 彼の問いに男性は少しニヤけた表情で、目の前の少年に語り掛ける。


 「ワシ達は、ちょっとした目的の為に、異世界から、こっちの世界へと来たんだよ」


 「い……一体、それはどう言う目的なんですか?」


 「それは、今の君には教えられない。実際に異世界が存在すると信じてくれれば聞かせてやっても良いがな……」


 そう言いながら、椅子に座っている男性は、ふと窓から外を見ると、店の前にマツダCX30が停車するのを見た。


 「どうやら、ご家族が迎えに来た様だな」


 そう言っていると、車から女性が現れ、店内に入ると「申し訳ありませんでした」と、女性は深々と頭を下げる。


 「いえ、こちらこそ。ご迷惑おかけしました」


 と、男性の方も礼をした。


 虎竜は、去り際に店の看板を見た。『幻夢堂』と、書かれた看板を彼は見た。


 ふと……彼は、ある事に気付き、母親に話し掛ける。


 「そう言えば、あの場所って……確か更地だったよね。何時から店が出来たんだろう?」


 「さあね、最近出来たんでしょ?」


 その日、家に帰るなり母親にテストの総合評価が学年最下位だった事と、買ったばかりのスマホが壊れた事に対して、その日……父親が帰って来てからも説教が続いていた。



 〜日曜……


 虎竜は、友人宅に遊びに行き、皆でゲームをして遊んでいた。


 彼は、親が買い物に行くのと友人も塾があると言う事で、予定時刻よりも少し早めに、切り上げて帰る事にした。


 友人達と別れた虎竜は、自転車で自宅方面へと向かう、その際、近道として商店街を潜り抜けて行く。自転車で走っていると、ふと……彼は、先日世話になった『幻夢堂』の前に来た時(あれぇ……?)と、彼は自分が転倒した筈の場所の前で立ち止まった。


 つい一昨日、彼に異世界の事を話してくれた男性の店が消えて無くなり、彼の目の前には更地と化した何もない光景が広がっていた。


 「お店が消えている……」

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