第12話 牙をむく権力者
法務相本館二十七階、部長室2にて。望月と大月は重厚感ある木製のドアの前で待たされていた。しばらくすると中から声が聞こえた。
「はいりなさい」。二匹は緊張しながらも一度目を合わせ、重い扉を開けた。
「やあ。いらっしゃい」そこには想像していた顔とは違い凛としつつも淡泊そうな顔をしたおじさんというよりはおにいさん、に近いスーツ姿のうさぎが椅子に座っていた。今まで見てきた政治家の中でもみるからに若手だ。座っている椅子は高級感が漂い、丸みを帯びた紅色のシーツにお尻がすっぽり埋まり、座り心地がよさそうだ。ワイングラスを回し、ワインの匂いをたしなんでいる。
「いやあ、わざわざ来てもらって申し訳ないですね。」。ニコニコと作り笑いをしているが、二匹にはその目の奥底から、謝罪の意は感じられず天野の強い憤りの熱を感じた。
「初めまして。私は望月政志、そして隣にいるのは大月誠です」。
「あー!あなたが。初めまして」。
その声からは驚いている風はなかった。俺の顔も何もかも調べつくしているのだろう。
「今回の件は恩納月が失礼をしたようで、本当に申し訳なかったそこで、お二人とも好きな数字を言ってもらえませんか?」
「好きな数字?突然なんでしょうか?」
「いやあ、今回のお詫びとして人参をおっしゃられた数だけ贈呈させていただこうと考えておりまして。ほんの気持ちです。もちろん人参は月面上でトップクラスの品質のものです。食べてみるとまさに頬っぺたが落ちますよ」。
「恩納月区長にした手段を私たちにも使おうと?」大月が反論する。
「いえいえ!滅相もない!ですが…私としても恩納月と同じく表沙汰にしたくないのですよ。こんなくだらないことで行政が停滞しては困るのですよ」
「くだらないこと?」望月がしかめた顔で聞き返す。
「ええ。くだらないことです。たかが老舗の営業停止ぐらいでー」
「天野部長、私の好きな数字を言いましょう。それは―」数字を言い出した望月を見て大月は戸惑う。お前、ここにきてそっちに飲み込まれてしまうのか、と。しかしその迷いは瞬く間に消え去った。
「0だ」。
場が凍り付く。
「ほう?高級人参がいらないと?」
「そんな腐りきった人参なんて全くいらない。今日初めて会って、あんたは兎の上に立つべきではない者だということが何よりも分かった。何がくだらないことだ。俺たちは日々汗を流しながら綿を織り、銭を稼いで生きているんだ。それができるのもひとえにお客さんからの『ありがとう』という言葉があるからだ!俺の家業は小さなものかもしれない。けどな、この不当な営業停止命令によって家が困窮するのはもちろんのこと、お客さんにも苦労を生み、期待を踏みにじってしまったことを今日まで頭を下げ続けてきた!それでも家の信用ははお前たちの命令によって落ちていく。あんな紙切れ一枚のせいでだ!俺たちはお前たちよりも身分が低くとも日々懸命に鼓動を鳴らして生きているんだ!それをお前は『くだらないこと』といったんだ!仕事を…家族を…お客様を…侮辱するな!!」大月誠はその望月の真意なる瞳を見つめ続けた。
望月は羽織の裏ポケットからボイスレコーダーを取り出した。再生ボタンを押すと、恩納月があの倉庫ですべてを暴露した内容が流れ始めた。
「これは恩納月の自白の肉声だ。俺はこれを世の中に公表する!正しく罰せられてください…!」。
少し間があった後、ぷつりと何かの糸が切れたように天野の態度が豹変した。
「残念だ。君とは分かり合えないようだ」。
すると天野部長は望月の持っていたレコーダーを奪い取り、勢いよく地面に投げつけた。
「俺は法務相民間部部長だ。お前らにはない力がある」。そういうと投げつけたレコーダーを踏みつけた。無機質な音が部屋に響く。
「世の中に公表する?何をばかげたことを。俺ならマスコミも警察も法すらも左右できる。俺は将来、月の行方を握る兎だ。父は経済大臣で家も大きいのだ。こんな道半ばでキャリアにも家にも埃がつけられても困るのだよ。こんなくだらないことのせいでね!」
「こんな脅迫で私は屈しない。あなたを徹底的に潰します…!」望月は眉間にしわを寄せた。声には重みがある。
「望月政志…。お前の名前、顔、覚えたぞ。覚悟しておけ…!」
天野は望月をにらみつけドアを勢いよく占めて部屋からでていった。
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