第9話 二兎追う者は
恩納月の妻、美佐江の目は両目は閻魔大王のごとく吊り上がっており、耳は炎の様にメラメラと燃えているように見える。その禍々しい怒りの熱は十メートル以上離れている俺にも当の本人の恩納月にも伝わる。その後ろにはやってやったぜ!と言わんがごとく、得意げな顔で腕を組んでこっちを見てくる兎がいる。誠だ。妹さんの潜入中に誠の電話していた先は美佐江さんだったのだ。彼の功績には感謝しきれない。
「ごほっ、す、すこしワシは用事を思い出したので…し、しっ、失礼しようかな…。そうじゃ、冷蔵庫に水ようかんが…」。この場から立ち去ろうとする恩納月の耳を俺は掴み引き止める。
「あんたこのまま何の説明もなく終わらせる気じゃないだろうな。美佐江さんもさぞご立腹だぞ。」
「い、いや…説明も何も…」
「ならば今回の件、マスコミに提供しよう。パーティの映像も音声も、この出所の分からない大量の高級人参の証拠もとった。セクハラ、パワハラ、しっかり記録させてもらっている。あんたはさぞ忙しくなるだろうな。それでいいんだな!」
「ひええええっ!!!わ、わかった、わかったから耳を離してくれ」俺は手を放した。その間、恩納月は耳までもびくびく震えており、その振動は手離したあとも手に残り続けた。
「美佐江すまなかった!!!ワシはその…魔が差したようじゃ…。本当にすまなかった!!」恩納月はその場で深々と土下座した。
「それじゃあ…」すぐさまその場をまたも立ち去ろうとする恩納月。
「おい!ここにある人参の説明をしろ!いったいどこで誰から、どういう理由でこの量の人参をもらった!」
「い、いやそれはあんたに言う必要は…」
「さっさと言えっ!!!」
「はいいっ!そそれは、それは、ほ、法務相民間部部長、あ、天野さんからもらいました…。あるお願いをされ、その対価として人参をたくさんいただきました…」
「あるお願いとは?」
「それは…」
静まり返った時間が三秒ほど流れる。もう抵抗することはできないことは恩納月が一番よくわかっていた。
「ううう…ふんぬあああああ!望月家の営業停止命令だっ…!。ワシはこれが不当な扱いであるとわかっておった。しかし、目先の人参に目がくらんだ。政府上層部に逆らうとワシの今の地位が危うくなることはなによりも明らかであった。本当に、申し訳なかった!」
驚くべき事実である。おそらく命令下したのは見華月下弦だろう。思い当たるのはそこしかない。奴は本当に望月の家ごと潰しにかかってきているのだ。
「はあ…」望月はため息を一つつき、その場からゆっくりと歩き出口扉に向かう。そのとき膝から崩れ落ちた恩納月の方向に向かう美佐江さんとすれ違った。こちらに一礼ををした。その目を直視することはできなかった。そして、数十歩歩いたのちに出入口扉のすぐ目の前で立ち止まった。
「恩納月区長。今回あなたが犯したことは決して許されることではありません。骨の髄まで反省をしてください。あと少し、いいですか。」望月は恩納月の方向へ振り返る。その背景には無数のオレンジ色をした人参が煌びやかに輝いている。
「あんたは女への欲望と人参、地位への欲望に負けた。そういったことが累積した結果、政治は腐敗し、民は苦しみ、一部の強者が甘い蜜を不当に吸う現状ができている…。あんたら政治家は民のことなんて一切考えちゃいない!自己利益と自己保身の為に昼夜動いている!いいかげんにしろっ!!……。最後に、よいことわざをあなたに教えて差し上げましょう。それは―
『二兎追う者は一兎をも得ず』です!
この言葉をどうか肝に銘じてください…」。この時、一滴の涙が俺の頬を濡らし、地に落ちた。望月は大月と妹さんと共に帰路に就いた。
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