第8話 vs恩納月

 「いったいこれは…」。思いがけず声に出てしまった。この量の高級人参は決してうさぎ一匹が獲得できる数ではない。つけていたサングラスも驚いたのだろうか、地面に落ちてしまった。

「きゃああ!最高っ!ちょっととってもばれないよね!」そういって妹さんはとことこ人参を取り始める。その瞬間、ヴィィィィィィン!ヴィィィィン!と警告音が倉庫に鳴り響き、赤い光に照らされる。

「えっ!なに!私とってないよ!何にも悪いことしてないよ!盗もうとしてたのはこのATMおじさんだってば!」慌てたのか天に向かってゲスの本性を叫ぶ妹さん。この犯行がばれれば全責任を俺に擦り付ける模様。親友、誠の妹だからといって今の今まで妹「さん」付けしていたがそろそろやめようかな。どうすんだこれ、と現実味が湧かないまま立ち尽くしているとおもむろに背後のドアが開いた。自分たちが入ってきたドアだった。

「なにごとじゃ!なにごとじゃああ!」そう掠れた声で叫ぶのは恩納月だった。その周りにはさっきモニターで見た美兎たちが取り囲んでいる。

「警報アラームが鳴ったからと聞き、急いできてみれば…お前望月のところのガキじゃないか!何をしている!なぜこんなところにいる!警察に通報するぞ!」御年七十歳、おもむろに声を荒げる。

「勝手に入ったことは謝ります。ですが、なんなんですかこの大量の人参は!しかもどれも一等品だ。いったいどこで仕入れたものなんですか!」

「お前…望月のところの…!。フンッ!お前は知らなくてもいいことだ!」

「しかもダンボールの配達日時はどれも一週間以内。こんな短期間にこれどの人参…。」

「わしはなんも知らん!」

「もしかして政府幹部から送ら…」

俺が問いただしているとずかずかと下駄のおとを響かせこっちに怒った様子で近づいてくる。恩納月は望月の顔の十センチほど先に目をぎらつかせて顔をしかめる。恩納月の連れた美兎や例の妹も二匹が超至近距離でにらみ合い、沈黙が流れるこの場でどうすればよいのか分からずただこっちを見ている。

「小僧。ワシは言ったはずだ。『長い物には巻かれろ』と」。小さな声に含まれる醜さは背筋を少しばかり凍らせた。一つ唾を飲む。

「望月さん。ワシも大ごとにはしたくないんですよ。あなたの家も営業停止に追い込まれさぞ大変でしょう。そこで取引しませんか。ワシはつい最近誕生日を迎えましてね。お祝い会をしているんです。そこであなたの連れている大月さんのところの妹さんを今ここで渡してもらいたい。そうすればあなたの不法侵入の件、水に流しましょう」。望月は黙り続ける。

「なぜ返答しないんです?答えは一つでしょう?だってあなたの妹ですらないでしょう?」

望月は口を開いた。

「なぜあなたは私の家が業務停止命令を受けたことをご存じなんですか?あの封筒の中身を見たのですか?」恩納月ははっとした表情をするもすぐにしかめた顔をする。

「どうやらあんたとは分かり合えないようだ。人様の家に侵入した息子など知ったら家族はどう思われるのやら。おい!ワシの携帯を貸せ!」恩納月は美兎たちを呼ぶ。

「おい!聞こえないのか!」もう一度呼んでも返答がないので、振り返ると美兎たちは何やらびくびく震えている。

「一体何をして―」

「あんたたち誰?」恩納月の廃れた声を、後ろで聞いたことのない鋭い声が遮断した。目線を向けてみると一匹の兎が出入口のドアのすぐ傍で仁王立ちしている。その威厳からか例の美兎たちはとても小さく見える。そして俺の隣にいる恩納月も何やらせわしなく震えている。もはや震えすぎて耳まで揺れている。青ざめた顔、滴る汗。どうしたのかと見てみるとようやくびくびくしている口を開いた。

「み、みみ美佐江…。お、おまっ、お前、今日は取引先との会合じゃ…」なんと、仁王立ちしていた威厳ある兎は恩納月の妻だったのだ。

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