加害者の父の録音

 ごめんなさい。俺の息子がこんな事件を起こして。一花の家族には、本当に申し訳なく思っています。俺はここで、わざと悲しい話を言って、同情を誘うつもりは一切ない。だって、俺がここで何を言っても、言い訳にしか聞こえないだろ。だから俺は、今までのことを淡々と伝えようと思う。


 妻は進と悟を生んだ直後に、俺と離婚しました。息子が醜くておぞましいうえに、俺が無職で、酒を飲んでいたせいだって言って、蒸発したんだ。息子がまだ六歳のころだったよ。だから俺は、真面目に仕事を始めようと思ったよ。田舎に住んでいて、俺の悪態は村の人に知られていたから、家から離れた町に通って、トラックの運転手として働いたんだ。夜勤もあったからね。夜ご飯はいつも作り置きを食べさせていて心苦しくてよ。週一は外食に連れて行ったんだ。


 中学生のころに、二人は嫌がらせを受けていたらしいけど、いつも元気にサッカーをやっていたよ。俺も休日にサッカーに付き合ったけど、結構上手いんだよな。勉強は良く出来たほうではなかったが、俺よりはできていたし、なにより夕飯の時には楽しそうに、学校の話をしてくれたよ。二人ともそんな元気な子だった。


 二人が仲良くなったのは中学校からだから、小学校の時は俺も担任も苦労したよ。進は結構活発でさ、悟はよく進が行動した後に動いていたな。それに、いつも同じものがいいって言ってね。進がよく先に話したりして、悟はその後に話していたけど、悟はピアノが好きだったからね。音楽の話になると、悟が先にしゃべりだすんだよ。たまに意見が合わない時は、自分たちの体を殴り合っていたよ。力は二人分だったからさ、俺も止めるのが大変だったな。進のほうが少し血の気が多いからさ。俺みたいになって欲しくないと思って、俺も進には自分を律して欲しいから、厳しくしつけていたよ。それのおかげか二人とも、中学生になると、ちゃんとお互いの意見が聞けるようになっていたな。えらいよ。


 でもな。進と悟は高校で、目標が違ってきたから、仲が悪くなったんだよな。進はサッカーがしたい、悟はバンドを組みたいって。公立高校に進学したから学費はそこまで高くなかったけど、予備校に行かなきゃならないから、家計は厳しかったんだ。それで部活をやるならお金もかかるし。でもって、高二から悟が医学部に行きたいなんて言い出してよ。それで悟は医学系の国立大に行くために勉強したかったんだ。でも進は、サッカーがしたいって言うんだよ。途中までは二人とも上手くやっていたけど、高三になったら悟は融通が利かなくなって、進を無理に勉強させようとしたんだ。でもって最後は落ちたよ。あんなに頑張ったのにさあ。もう。ああ。俺も浪人させられる余裕があればさせてやりたいよ。でもさあ。こっちも辛いんだ。


 結局、二人は新設医大に行くことになったんだ。入学当初はよ。悟はひどく落ち込んでいたよ。受験期に我慢していた進も、悟を気にかけてよく遊びに行ったよ。といってもサッカーだけやっていたけどな。俺は受験した事ないから、何を言えばいいか分かんなかったけど、進は本当に悟を大事に思ってくれていたんだって分かったよ。俺はな、息子に俺みたいになって欲しくなかったからさあ。背中だけで、良いとこを見せたって言うかさあ。いい親父でいたかったんだ。でもよ。頑張れば頑張るほどって言ったらいいのか、俺は、息子のそばに居てやれない親父だって、自覚するんだよ。息子の寝顔を見る時が一番嫌いだよ。


 大学の話だよな。それで、入学してから二ヶ月かな。進が悟に軽音サークルを勧めたんだ。悟は入りたくないって言っていたけど、しぶしぶ体験で入ったらよ。悟が楽しくなってさあ。指は口ほどに物を言うよ。それから二人ともサークルを楽しんでいたよ。それで一花と出会ったのは二年だな。なぜか知らんけど、彼女は進と悟が好きだったんだ。上京した進と悟は、三ヶ月に一回ぐらいでよく帰ってきたんだ。それでいつも一花はついてきて、我が家の掃除もしてくれたよ。


 でも進と悟が四年生になったとたんに、帰って来なくなったんだよ。連絡すると、ちゃんと返してくれたから心配してなかったけど、春ごろに進から病気に罹ったって聞いた時は、俺も駆け付けたよ。でも途中から、一花が看病してくれることになったから、俺は地元の田舎に戻って仕事を続けたんだ。本当に一花には。一花には頭が上がらないよ。俺は。俺はな。自分が許せないんだよ。だって、考えてみな。お前の親が、仕送りしかしてなかったから、病気も持って、それで。

 お父さんは悪くありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る